乱流混合強度の空間分布に対する深層循環の応答

深海の粗い海底地形の直上には強い鉛直乱流混合が形成されます(こちらの記事を参照)。 この強混合は、深層熱塩大循環を維持するのに必要な鉛直拡散係数の不足分を補い得る有力候補の一つと考えられてきました。 私たちは、この予想が果たして妥当なものなのかどうかを、深層循環がシンプルな力学過程(鉛直1次元移流-拡散バランス)に支配されていると仮定し、海水密度の全球分布データを用いることで調べました(Endoh and Hibiya, 2007)。

図1上に示したような鉛直拡散係数の鉛直プロファイルを仮定したときに再現される太平洋の深層循環が図1下です。 赤線で示されたように、海底付近で形成された強い鉛直混合が上層までずっと大きな値を保って延びている場合(Case 2)には、全水深で小さな鉛直拡散係数の場合(黒線, Case 1)に比べて、深層循環は強められています。 ところが、青線のように海底付近だけで大きい鉛直拡散係数を与えた場合には、深層循環は強くならないどころか逆向きになってしまっています。 このように、深層循環は、海底付近の鉛直拡散係数の値だけでなくその鉛直分布にも強く依存していることがわかりました。 そして、観測から見積もられている深層循環の流量を、このような海底起源の強混合で維持するためには、Case 2のように大きな鉛直拡散係数が海底からかなり上層まで延びていることが必要です。

深海の粗い海底地形直上に形成される乱流混合には、その「強さ」と「高さ」との間にトレードオフの関係があること(こちらの記事を参照)を考えると、海底強混合だけで深層循環を説明することは非常に困難であると言えます。

図1: (上)鉛直拡散係数の鉛直プロファイル。(下)各ケースで再現される太平洋の深層循環の様子(東西方向に積分した、南北面内における流線関数)。深層循環はコンターに沿って流れる。