豊後水道における急潮現象
瀬戸内海と太平洋とをつなぐ豊後水道では 、水道南部を流れる黒潮の暖かい水塊が突如として水道内に侵入する 「急潮現象」が発生することが古くから知られています。 特に豊後水道東岸の宇和島湾では、急潮現象に伴う水温上昇が最大で 5 ℃/day に達し、周辺の養殖業に甚大な被害を与えることが報告されています。 過去の研究から、この豊後水道内における急潮現象は主に夏季の小潮時にしか発生しないことがわかっており、その顕著な周期性から冬季や大潮時に強化される「鉛直混合」との関連性が指摘されています。 しかし、豊後水道内においてこの鉛直混合の大きさはこれまで見積もられておらず、急潮の物理機構も未解明のままでありました。 私たちの研究室では、主に大型計算機を用いた数値シミュレーションを行うことで、この急潮現象を支配する物理メカニズムを議論しました。
図1は、数値シミュレーションにより再現された黒潮系暖水の侵入過程です(急潮再現実験)。 大潮時(左)には暖水が複雑な海岸地形を持つ豊後水道東岸を通り抜けることができないのに対して、 小潮時(右)には暖水が強い流速を伴いながら、豊後水道東岸を北上し、宇和島湾に侵入していく急潮現象が再現されています。
図1:急潮再現実験により再現された、大潮(左)、小潮(右)時における海面水温(カラー)と海面流速(ベクトル)。
Nagai and Hibiya (2012) は数値実験を行い、豊後水道東岸の多島海域で鉛直混合と、潮汐流起源の小規模渦(潮汐残差流渦)に伴う「水平混合」が活発になることを指摘しています。 そこで、大潮時に急潮が抑制される物理機構を調べるため、上記のシミュレーション実験から、鉛直混合の効果のみを取り出した「鉛直混合実験」と、鉛直混合に加えてさらに潮汐残差流渦に伴う水平混合の効果を取り出した「鉛直混合+残差流実験」とを行いました。 実験の結果、「鉛直混合実験」では暖水塊の北上は 完全には抑制されず(図2 b)、宇和海にまで暖水が到達するのに対し、「鉛直混合+残差流実験」では暖水塊 の北上が抑制され(図2 c)、 「急潮再現実験」と同様な水温上昇が再現される結果となりました。 このことから、急潮を抑制する物理機構として、これまで指摘されてきた鉛直混合のみならず、豊後水道東岸で活発に励起される潮汐残差流渦による水平混合の効果も重要であることが明らかになりました。
図2:
計算開始から8日後における潮汐周期平均の海面水温(カラー)と海面流速(ベクトル)。
(a:「急潮再現実験」(大潮時)、b:「鉛直混合実験」、c:「鉛直混合+残差流実験」 )。