黒潮大蛇行の形成に果たす膠州海山の役割

黒潮とは日本の南岸沿いを北東向きに流れ、世界最大規模の流量を誇る西岸境界流です。黒潮には、2種類の安定した流路のパターンがあることが知られています。一つは、四国・本州南岸にほぼ沿って流れる「非大蛇行流路」、もう一つは、紀伊半島から遠州灘の沖で南へ大きく蛇行して流れる「大蛇行流路」です(図1)。このような大蛇行は他の西岸境界流には見られない黒潮独自の特徴です。大蛇行流路・非大蛇行流路ともに、いったん形成されると数年の時間スケールで継続しますが、例えば非大蛇行流路から大蛇行流路への遷移過程は、半年程度という比較的短い期間で行われます。黒潮の流路変動を支配している力学機構の解明を目指してこれまで多くの研究がなされてきましたが、十分な理解は得られていませんでした。

図1: 黒潮の典型的な流路。NLMが「非大蛇行流路」、LMが「大蛇行流路」を表す。重ねて示した等値線は海底地形を表す。

私たちは、黒潮が非大蛇行流路から大蛇行流路へと遷移する一連の過渡的応答を数値モデルで矛盾なく再現することにはじめて成功しました(図2)(Endoh & Hibiya, 2001)。九州南のトカラ海峡に高気圧性の渦が東から近づいてくると(15-45日)、これが黒潮と相互作用することで黒潮が沖合に引っ張りだされ(75-105日)、九州南東沖で小蛇行が発生します(135日)。この小蛇行は「引き金蛇行」とも呼ばれます。引き金蛇行は少しずつ増幅しながら黒潮に沿って四国沖を東に進みます(165-255日)。この増幅・伝播過程は傾圧不安定によって説明できます(Endoh & Hibiya, 2000)。そして引き金蛇行は紀伊半島沖を通過したあたりで急激に増幅して大蛇行へと発達して行きます(255-345日)。この増幅過程で重要な役割を果たしているのが、「膠州海山」という紀伊半島潮岬のほぼ真南約200 kmに位置する海山です(図1)。実際、最初にトカラ海峡に近づく渦が弱いなどの原因で、四国沖を東進する引き金蛇行が十分に発達せず、紀伊半島沖で膠州海山まで届かないような場合には、引き金蛇行は大蛇行へと発達することなく東に流れ去ってしまいます。

図2: 数値モデルで再現された、黒潮が非大蛇行流路から大蛇行流路へと遷移する際の海面高度の時間発展。比較のため、観測によって得られた黒潮の流路パターンを右列に並べて示す。

この「膠州海山効果」を検証した結果が図3です。上が膠州海山を含む現実的な海底地形を与えた場合、下が膠州海山を取り除いて平坦な海底地形を与えた場合の時間発展の様子です。膠州海山が存在する場合には、東進してきた引き金蛇行は膠州海山に捕捉され、海山上の深層で強い高気圧性の渦を形成します。そしてその上層で引き金蛇行に伴うトラフが大蛇行へと発達します。これに対して海山をなくした場合には、東進してきた引き金蛇行は大蛇行へと発達することなく伊豆-小笠原海嶺上へと過ぎ去ってしまいます。このような深層の高気圧性渦と上層のトラフとが組み合わさって増幅する過程は傾圧不安定に特徴的なものです。さらに詳しい解析の結果、膠州海山の斜面によって傾圧不安定が強化されることで、引き金蛇行が大蛇行へと発展できることがわかりました(Endoh et al., 2011)。

図3: (a)膠州海山を含む現実の海底地形、(b)膠州海山を取り除いた海底地形の各場合における「引き金蛇行」の東進に伴う深層の流速場と上層の水温場の時間発展。水深450 mにおける等密度線をコンターで、水深3750 mにおける水平流速を矢印でそれぞれ表す。

このシナリオは、衛星観測や再解析データで捉えられた2004年の大蛇行形成時にも当てはまることが確かめられました(Ambe et al., 2009; Endoh & Hibiya, 2009)。