Kaoru Sato's Laboratory
戦略的創造研究推進事業 CREST
研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」

研究課題
「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明」

研究期間:2016年10月~2022年3月
研究代表者:佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科 教授)

テーマ3. 大気階層構造と南極大気固有現象の物理的解明
G. PANSYレーダー冬季中間圏観測と、南極域高解像GCMの組み合わせによる中間圏重力波の力学特性の研究
(Shibuya et al., 2017; Shibuya and Sato, 2019)

研究のねらい

冬季南半球高緯度の重力波は、オゾンホールを維持する働きのある極夜ジェットを減速する作用があるため、その力学特性の解明は重要である。本研究では、PANSYレーダーによる観測データと南極域高解像GCMを組合わせることで、その解明を目指す。

実施方法・実施内容・成果

断続的に観測される冬季の弱い極域中間圏エコーを用いた研究を行った。極域冬季は太陽光が弱いため、中間圏はあまり電離せず、PANSYレーダー観測では良好なデータは得られないと当初考えられていた。しかし、2015年3月に初めてフルシステム観測を行ったところ、強い冬季極域中間圏エコーが検出された。夏季に比べると断片的なデータだが、強い下向きに伝播する周期約半日の波の鉛直構造がはっきり確認できた。中間圏での半日周期の波の卓越は知られてはいたが、長く、潮汐波によるものと考えられていた。
この研究では、非静力学大気大循環モデルNICAMを、南半球中高緯度を均一に高解像度にし、領域を高度80kmまで拡張して実験を行い、観測と良く似た波動を再現した。モデルデータを用いて波動特性を調べたところ、惑星規模の潮汐波ではなく水平波長約2000㎞の巨大な重力波であることが分かった。レイトレーシング解析やパケット追跡解析等から、この重力波の起源は成層圏界面と対流圏界面にあることも分かった。
この発展として、NICAMを用いて、PANSYレーダーのフルシステム観測が行われた2016年4~8月の5ヶ月を対象とした再現実験を行った。再現された擾乱の波長や周波数特性の妥当性はPANSYレーダーやライダー観測による先行研究と比較し確認した。再現実験データを用いて、運動エネルギー、運動量フラックスの周波数スペクトルを詳しく解析したところ(図10)、いくつかの特徴的なスペクトルピークや卓越高度があり、ピークを形成する波の起源については、南極半島や南極沿岸の急峻な地形と、中緯度の低気圧・対流活動と特定できた。これらが屈折や移流により極夜ジェットの緯度に集まってくる。中間圏の慣性周期付近のピークを作る重力波は水平波長が1000㎞以上と長いのに対し、それ以外の周期帯の重力波は1000㎞以下の短い波長であることなど、中間圏重力波の統計的特徴が明らかになった。

図10.高解像度モデルNICAMにより計算された2016年6月~8月における高度70kmの (a) 南北風の運動エネルギーのパワースペクトルおよび (b) 鉛直運動量フラックスの東西成分の周波数スペクトル。図中の赤線は各緯度における慣性周期を表す
(Shibuya and Sato, 2019)

成果の位置づけや類似研究との比較

これまでの中低緯度で行われた中間圏の連続観測は1日の昼間の十数時間に限られていた。南極という地の利を生かして得た、中間圏の広帯域スペクトルは他に例がない。