たぶん小学生とか中学生だった昭和の昔、テレビで「じんくぴりちおん」なるものが入っているシャンプーの宣伝があり、 この不思議な響きの単語だけが記憶に刻まれた。 大人になってこの「じんく」が相撲取りの歌でありまた zinc すなわち亜鉛と知ったのは結構最近のこと。 というのも先日杉野さんのセミナーで海洋中の亜鉛の話を聞いたから。
いわく、亜鉛というものはなぜかケイ素と同じような分布の傾向がある、と。つまり亜鉛が多いところではケイ素が多くて 少ないところは少ない。この原因として「南大洋に豊富な珪藻が決める」という仮説があるそうな。ところが杉野さんがあれや これや調べてみたところ、そうではないメカニズム M によっても亜鉛とケイ素が連動する可能性があるらしい。 (メカニズム M などと歯切れが悪いのは、この新説がまだ論文になっていないかもしれないという気配りのように見せて 本当は自分があまり理解していないから)。
こういうことは海洋の世界ではよくあって、たぶん真実はこの二つの説の間のどこかにある。すなわち海洋の亜鉛とケイ素の分布は 南大洋の珪藻も関係あるしメカニズム M も関係ある。 高校の「倫理」の授業で弁証法というものを習った。テーゼがあってアンチテーゼがあってアウフヘーベンしてジンテーゼ、って これがさっぱり分かっていないのだが、南大洋仮説がテーゼで M がアンチテーゼだとすると実際の海洋はこれらをアウフヘーベンしたものだ、 とひらめいた。
海洋物理の成功体験は西岸強化理論にあり。 で、授業で習うのは底摩擦(Stommel, 1948)と水平渦拡散(Munk, 1950)で好事家なら慣性(Charney, 1955) も含めるかもしれない。で、実際の海洋はこの三つの物理がどれも関係していて当然場所によって違って時間によっても違って 結局真の西岸境界流れはこれらをアウフヘーベンしたものなのだ。あれ、三つあってもよい?
海洋の子午面循環は潮汐力による深層の混合が「駆動」しているのだという pull 説(Munk, 1966が言い出しっぺだと思ふ)と南大洋や北大西洋の深層水形成が押し込んでいるという push 説(言い出しっぺ不明)が あったりするが、エネルギー論的にはどちらでもないというのはあんまり弁証法っぽくないか。
説明するために極論が提出されるということは理解を深めるにはとても有益だけれども、現実海洋はだいたいいくつかの極論の間にあるようなイメージ。やっぱ弁証法とは違うような気がしてきた。