前考えたことが結論として強化されただけでとくに新しいことは書いていない。
一ヶ月ほどネイティブスピーカ二名のすぐ隣で一日一回ないし二回食事をするという機会に恵まれた。ネイティブ同士の会話はやはり部分的にしか解らない。感覚的に5割かそれ以下。でこちらとネイティブ一対一では8割かそれ以上。とくにネイティブの連中と自分で聴力に有意な差はないだろうから、おそらく耳にはいる音波は同じだがそれが脳内で意味のある会話になるか雑音になるかの差であろう。
聞こえてきた文章の一部である音波から話者の話そうとしている文章が組み立てられるか否かということで、やはりこちらの脳内にストックされている「文集」「例文」が不足しているという結論。鍵となるいくつかの音から単語そして文章が組み立てられるか否か。「こういうときはこう言う」のパターンが少なすぎる。そういった意味で映画やポッドキャストで会話を聞くだけでなく読むだけでも足しにはなるだろう。ただ道は長かろう。