五ヶ月住んでみてこの国がどんな国かと問はれれば「仕事をする国」と云いたい。「仕事をすることは良いことだ」というコンセンサスのもと、朝早くから夜遅くまでやっている店・通話とSMS が無料のプランが主な電話を代表とするインフラの太さ・金を払えばおよそどんなサービスも手に入る融通・人がやっている事をあれこれ言わない個人主義、などが相まってやりたい事がある人・何か面白い新企画のある人がそれを実行するにはうってつけの環境と思う。で実際いろんな仕事がなされてきたわけだし世界中からやりたい事がある人が集積されているのだろう。
話は変わって、またT 君に会った。今度は二人で San Francisco まで 15 時間電車の旅なんて優雅なことをやってしまったので駄弁る時間はいくらでもあった。
彼は大学は英国 Cambridge でポスドクを米国西海岸のここでやったが曰くここではかつて感じたことがないほど孤独だったと言う。実は自分も下手すると月曜から金曜まで職場で一言も口をきかない事がある。自分はまあ個室だし英語下手だしと思っていたが、英語ほぼネイティブな T 君がいうのだからこれは実は言葉の問題だけではないようだ。
確かにポスドクやってた豪州を思い返すともそっと職場で話をしてたような気がする。それは、例えば部屋がここでは個室で彼の地では大部屋にパーティションの半個室だったとか、給湯室が角部屋の端っこにあるか大部屋の真ん中にあるかとか、男子便所の小便器が二個か三個かとか、昼食が買える売店が歩いて五分か一分かとか、いろいろ小さな理由は考えつくがやはりそもそも職場環境を人があまり交差しないように作ってるんじゃないか、と。でそう作った理由もやはりばりばりの個人主義だからなんではないか、と。
で、T 君は職場の孤独感も手伝ってポスドク辞めて会社を起こしてしまうのだが、会社を起こして家で働くようになったら孤独感はぱたりと消えたと言う。なるほどこの国は仕事をするとそれをもとにした人付き合いがあれやこれやと始まるらしい。だからおおくの人と関わらない小さなプロジェクトをやってるようなしがない研究者は人付き合いが無くなる。現地人はそういうのは家族付き合いでバランスを取ってるように見える。職場の家族写真をあげるまでもなく家族とみっちり近くて職場の人々は遠い。どっちがいいとかそういう話ではないのだけれど。