気象要素の統計的な性質は,波数・周波数スペクトルの観点で表現されてきた.自由大気における擾乱のスペクトルは,波数(周波数)スペクトルの形状が波数(周波数)の冪乗に比例する普遍的な構造を持っている (VanZandt, 1982; Nastrom and Gage, 1985; など).この形状に関して,飽和重力波 (Lindzen, 1981) の考え方を用いた理論的研究が提唱されている (Smith et al., 1987; Sato and Yamada, 1994).一方,地上における気温擾乱のスペクトルの形状は,周期十日程度から周期数十年まで普遍的な傾きを示す (Koscielny-Bunde et al., 1998).Sato and Hirasawa (2007) は,南極昭和基地に於いて 50 年間継続して行われている地上気象観測から,地上気温,海面更正気圧,東西風,南北風の 1 時間間隔時系列を取り出した.それらの周波数スペクトルは,周期数日程度のある遷移周波数を境に,二つの異なる根の冪乗側に従っていた.
本研究は,Sato and Hirasawa (2007) によって示された地上気象擾乱の周波数スペクトルの形状が普遍的であるかを確かめることを目的とした.そのため,解析対象を 45 年間に亘る 138 地点の気象庁地上観測データに拡張した.すると,解析に用いたすべての物理量の周波数スペクトルが,全ての地点において上記の特徴を示していた.次に,気圧の周波数スペクトルの形状を定量的に取り出したところ,スペクトルの形状の緯度の関数としての変化がわかった.そこで,短周期の擾乱を再現していることが期待できる全球非静力学モデルである NICAM (Nonhydrostatic ICosahedral Atmospheric Model の略,Satoh et al., 2008) によるふたつの現実大気の再現実験 (Miura et al., 2007; Noda et al., 2010) データを用いて地上気象要素の周波数スペクトルの形状を抽出した.遷移周波数より高周波数側のスペクトルの傾きは,全ての変数で,熱帯・亜熱帯域で小さく,中緯度で極大となるような明瞭な緯度分布をし,さらに,地形や海陸分布にも依存した変化をしていた.この周波数帯域における気圧スペクトルの分散への寄与はストームトラック域において,気温のそれは大陸上において,東西風と南
北風のそれはストームトラック域と熱帯収束帯のそれぞれ海上において,それぞれ大きな値を示していた.