Kaoru Sato's Laboratory

中層大気大循環

対流圏の上に位置する高度約10~100kmの大気(成層圏・中間圏・下部熱圏)を中層大気といいます。ここには私たちが空によく見かける対流性の雲はできません。

図1は7月の地球大気の緯度高度断面における東西平均気温を色で表したものです。つまり北半球は夏、南半球は冬です。1月は北半球、南半球がほぼ逆の気温分布となります。

図1 7月の東西平均気温の緯度高度断面図。赤い色ほど気温が高くなるように、かつ20度ごとに色を変えている。青と水色の間は-120℃、黄色とオレンジの間が-40℃、赤とピンクが0℃。

成層圏界面(高さ方向の気温の極大)が高さ50km付近に見えます。これはオゾン層が太陽の紫外線を吸収し、その高さの大気を暖めているからです。オゾン層は生物が作り出した地球固有のものなので、成層圏界面は火星や金星の大気にはありません。

成層圏界面の気温の最大は夏の極域に見られます。

7月には、南中時の太陽放射は北緯20度で最も強くなりますが、太陽は沈みます。極域の夏は太陽が沈みませんので、一日中太陽の放射を受けます。1日平均すると極域の受ける太陽放射量はどの緯度帯よりも大きくなるのです。これが夏の極域の成層圏界面の気温極大の理由です。

そうすると奇妙な特徴があることに気づきます。2つあります。

1つは冬の極域(図1の南極域)になぜ成層圏界面があるのかということです。
ここは、太陽が昇らない極夜となっているはずです。

もう1つは、夏の極域(図1の北極域)の中間圏界面でなぜこんなに気温が低いのかということです。
ここの気温は、地球大気で最も低いことがわかります。
そして、余りに気温が低いので、そこのわずかな水蒸気(海からやってくるのではなく、メタンの酸化でできる)も凍って雲ができます。これを極中間圏雲(真夜中に光って見えるので夜光雲ともよばれます)といいます。
夏の極域の中間圏界面も白夜となっているはずなのに、冬の極域中間圏界面のほうが暖かいのです。

この奇妙な気温の特徴の原因は大気大循環です。

図1の太い矢印つき破線は中層大気の大循環を示しています。成層圏では低緯度から両極へ向かう2つの循環(Brewer-Dobson循環といいます)が、中間圏では夏極から冬極へ向かう大きな1つの循環(名前はありません。しいて言うなら中間圏の大循環)が見られます。

そして、冬極では成層圏も中間圏も下降流、夏極では成層圏は下降流、中間圏は上昇流となっています。このような上下流は気温を大きく変えます。

断熱膨張という言葉をご存知でしょうか?熱の出入りがない状態で圧力が下がると、温度が下がる現象です。

たとえば、ビール瓶の栓を抜くと、霧ができることがあります。これはビール瓶の中の高い圧力の空気が、瓶の外にでて圧力が下がり膨張して温度が下がるので、水蒸気が凝結して霧ができるのです。同じことが大気でもおきています。

気圧は上に行くほど低くなっています。
地上では約1000hPaですが、15kmでは約100hPaに、30kmでは約10hPaに、50kmでは約1hPaに、高さ80kmでは約0.01hPaまで減ります。

ですから、下にあった空気が上昇流で持ち上げられると断熱膨張により温度が下がります、逆に上にあった空気が下降流で押し下げられると断熱圧縮により温度が上がります。

これが夏の極域中間圏の低温、冬の極域成層圏界面の高温の維持メカニズムです。

ちなみに冬の下部成層圏は下降流があっても十分気温が低く、極成層圏雲とよばれる雲があらわれます。

ではなぜこのような大循環が存在しているのでしょうか?

それは、大気の波が主に対流圏で発生し、成層圏や中間圏に伝播して、大気に運動量を与えているからです。
これには摩擦のように働くので波抵抗(wave drag)などとも呼ばれます。しかし、負の摩擦になっていることもあるので、波強制(wave forcing)と呼ぶほうがよいでしょう。

波強制があるとどうして南北循環ができるのか?それは、地球がほぼ球形であること自転をしていることと関係し、とっても面白い物理があるのですが、詳しいことはここでは省略します。

しかし、どのあたりで波による摩擦が効いているかは東西風の緯度高度断面図(図2)をながめると見当がつきます。これを見ると、高さ20km付近と90km付近ではどの緯度においても風がとても弱くなっていることがわかります。弱い、というのは地面で立っている私たちから見たときのスピードです。

図2 7月の東西平均東西風の緯度高度断面図。正が西風、負が東風 (CIRA86)。等値線は15m/s間隔。

つまりこの2つの高さの空気は地面の速度(地球の自転の速度。地面に立って測ったときに0m/s。慣性系から見ると日本付近で東向きに380m/s)を知っているということになります。

これは下層で発生した波が、地面の速度をこのはるか高い20kmと90kmの大気に伝えているということになるのです。ゼロに近づけるので摩擦力が働いているといってよいということになります。

そのような大循環を作る波強制については現在精力的に研究がすすめられています。

図3 成層圏循環の流線関数。(a)は大気再解析データから直接計算したもの、(b)はダウンワードコントロールの原理により計算したモデルで解像される波(主にロスビー波)による流線関数、(c)(a)と(b)の差で、解像できない波(主に重力波)による流線関数。12月、1月、2月の平均 (Okamoto 他, 2011)。

図3は、私たちの研究室の研究結果で、大気再解析データから求めた成層圏循環の流れの様子を示しています。

それまで、成層圏の循環は基本的に対流圏から伝わってくるロスビー波による波強制で維持されていると考えられていました。

しかし、私たちの解析によれば、夏半球側に張り出している冬半球側の大きな循環の夏半球側の上昇流は、重力波によって形成されていること、また、冬半球の低緯度成層圏の最下端(気圧100hPa付近)でも重力波の寄与が大きいことが明らかとなりました。

夏半球の成層圏はロスビー波が伝わることのできない東風となっているので(図2の北半球成層圏参照)、重力波しかこの上昇流を作ることができないということは、理論的にも納得できるのです。

私たちは、さらに、南極の大型大気レーダー(PANSYレーダー)を用いて、中層大気大循環の構造やメカニズム、極中間圏雲や極成層圏雲に関わる大気科学を研究しています。

図4 PANSYレーダーを用いた研究テーマの一覧。背景の色は図1と同じく気温(PANSYプロジェクトのパンフレットより)。

  1. 中層大気大循環
  2. 大気重力波の発生・伝播・スペクトル
  3. 成層圏突然昇温と成層圏界面ジャンプ
  4. 中間圏の力学:重力波とロスビー波の協働
  5. 大型大気レーダー国際共同観測による南北半球間結合の研究
  6. 南極昭和基地大型大気レーダー計画(PANSY)
  7. 高解像中層大気大循環モデルによる研究(KANTO)
  8. アジアモンスーン高気圧と対流圏・成層圏結合