中間圏の力学:重力波とロスビー波の協働
中間圏は、観測がとても難しいこと、また、大気大循環モデルも手が届かない高い高度領域であることから、長らく「研究不可能域」(ignoresphere)とも呼ばれていました。
もちろん、「中層大気大循環」のところで述べた、中間圏のトップである中間圏界面の高度約90㎞の弱風層が存在していること、重力波が運ぶ運動量によってこれが維持されていること、また、夏の極域から冬の極域に向かう大循環が存在している、ということぐらいは、80年代初めごろにはわかっていました。
しかし、その詳細な物理はよくわからないままでした。
私たちはこれに対し、重力波も解像可能で、中間圏界面までトップをあげた大気大循環モデルによるシミュレーションを行うことで、中間圏の詳細な構造とその物理の研究を進めてきました。その結果、中間圏は大変ダイナミックに変動する領域であることがわかってきたのです。
大気中には大きく分けてロスビー波という大きな水平スケールの波(2000㎞~4万㎞)と重力波という小さな水平スケールの波(数十㎞~2000㎞)の2種類の波が存在します。
括弧の中に書いた数字は水平スケールの目安ですが、これより大きい重力波も小さいロスビー波も存在します。両者の違いは復元力の違いです。重力波の復元力は浮力、ロスビー波の復元力は絶対渦位の水平勾配(平均風がゼロの時は単にコリオリ力の緯度勾配でいつも正)です。また、ロスビー波は地衡風バランスが成り立っていますが、重力波は成り立っておいません。この二つの波は全く性質の異なる波なのです。
さて、重力波の主要な発生源は、山岳を乗り越える大規模な風や、積雲対流や、ジェット気流や低気圧です。積雲対流を除き、地衡風バランスが成り立っている現象から発生するので、広い意味で、ロスビー波が原因で重力波が発生しているといっても過言ではありません。
ところが、中間圏では重力波が原因でロスビー波が発生しているのです。
詳しくお話ししましょう。
図1は、私たちの大循環モデルで再現された、1月の中間圏でロスビー波が発生している時の渦位の分布を示しています。この渦位は通常北ほど大きいのですが、北緯45度で極大を持っています。
ということは北ほど渦位が低くなっているのです。
これはロスビー波にとって不安定な状態(傾圧・順圧不安定)なのです。
この不安定な状態は、重力波強制によってもたらされていることが分かりました。
図2は、ロスビー波と重力波による波強制を示しています。通常は、上部中間圏の西風ジェットの上で重力波強制が強く負(西向き加速)となっています。
しかし、中間圏でロスビー波が発生しているときは、次のようになっています。図2と図3を見ながら読んでください。
- 対流圏から強いロスビー波が成層圏に入ってきていて、高度50~60kmに強い負のロスビー波強制(西向き加速)を与えています。
- 通常北緯45度にある西風ジェット(図2の左図を参照)が減速され、ジェットは極向き下向きに移動します(図2の右図を参照)
- ジェットの上の負の重力波強制もジェット共に北向き下向きに移動します。
- 移動した重力波強制の低緯度側に上昇流ができます。上昇流は断熱膨張により気温を下げます。すると、中緯度の渦位(PV)が増加し、極大が形成されます。
こうして、対流圏からのロスビー波がトリガーとなり、重力波強制が変化して中緯度に渦位の極大が形成されることがわかりました。
そしてここからが面白いのです。先に述べたように渦位の北向き勾配が負というのはロスビー波にとって不安定な場です。不安定な場からはロスビー波が放射されます。それは図2右上のロスビー波強制が高度65㎞より上側で、北側で正、南側で負となっている構造からわかるのです。
この波強制と渦位の南北フラックスには図4に示した関係式があります。つまり、正の波強制は北向きに渦位を運び、負の波強制は南向きに渦位を運びます。それは、中緯度の渦位の極大を減らすように働いていることになります。つまり、ロスビー波は、自分にとって不安定な場を解消するべく放射されているのです。
そして、面白い事実はさらに続きます。この南北に渦位を運ぶように発生しているロスビー波は、北側と南側で異なる特徴をもつロスビー波だったのです。南側のは10日以上の長い周期をもつロスビー波、北側のは2~4日の短い周期をもつロスビー波です。つまり、ロスビー波は、重力波の作った渦位の極大を減らすように、対をなして発生しているということです。
そして、もちろん、この過程で成層圏と中間圏の大規模なジェット気流や、子午面循環、気温の構造も変化します。中間圏は重力波とロスビー波が協働する世界だったのです。
Sato and Nomoto(2015)より。