研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」
研究課題
「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明」
研究期間:2016年10月~2022年3月
研究代表者:佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科 教授)
テーマ3. 大気階層構造と南極大気固有現象の物理的解明
D. 長期大気再解析データを用いた成層圏大循環の特徴と重力波の役割の解明
(Sato and Hirano, 2018)
研究のねらい
成層圏の物質循環は熱帯成層圏で生成されたオゾンを両極に運ぶ重要な循環で、ブリューワ・ドブソン循環と呼ばれている。教科書的にはブリューワ・ドブソン循環は主にロスビー波の砕波に伴う波強制が駆動するとされているが、最近の研究で、ロスビー波が伝播できない夏半球低緯度では重力波も寄与しているなどの指摘があった。本研究では、年平均および各季節におけるブリュワー・ドブソン循環の構造を明らかにし、重力波の寄与を定量的に明らかにすることが狙いである。
実施方法・実施内容・成果
先行研究において、ブリューワ・ドブソン循環の駆動に対する重力波の寄与はパラメタリゼーション法で計算される値を用いて解析されることが多かったが、代表者を含む国際重力波研究チームの研究により、重力波パラメタリゼーションは現実を必ずしも正しく表現していないことが分かっている (Geller et al. 2013) 。本研究に取り組んだのは、重力波パラメタリゼーションによる波強制を用いずに、理論方程式を用いて重力波の寄与を診断的に求める方法を発案したからである。この方法によれば、サブグリッドスケールの重力波も含め循環がどのような過程で引き起こされうるかを切り分けて解析することができる。まず気候場を求め、各季節での循環の駆動過程に関する考察を行った。また、本研究ではこれまで調べられていない上部成層圏や下部中間圏も含めて解析した。
まず年平均場としては赤道対称で、赤道から両極に向かう循環がみられる(図7)。従来この循環はロスビー波 (RW) によるものと考えられてきたが、本研究により重力波 (GW) の寄与も大きく、特に、低緯度域での赤道向き循環成分、高緯度の極向き循環成分を担うことが分かった。これはブリューワ・ドブソン循環が上向きから下向きに変わる緯度 (TL) の位置を決めると共に、ブリューワ・ドブソン循環の高緯度への広がりをもたらしている。TLでの流線関数の値は、理論的に対流圏と成層圏の物質交換の強さを表すことになるため、重力波は極めて重要な役割を持つことがわかる。秋半球と春半球の循環(以下秋循環、春循環と呼ぶ)は、年平均と同様赤道対称な循環になると考えられていたが、秋循環のほうが春循環より強く広いことも明らかとなった。その非対称性は、ロスビー波、重力波による大循環の駆動に加えて、太陽放射によって春半球から秋半球に向かう地球規模の大循環が駆動されるからと解釈できることを示した。これによって、夏半球の東風ジェット、冬半球の西風ジェットの形成が説明できる。また、ロスビー波、重力波とも、その活動は両半球で3~5月よりも9~11月に大きくなるという診断結果も得られた。
さらに、診断的に得られた重力波の寄与と、パラメタリゼーションで表現される重力波の寄与や同化インクリメントの寄与を比較し、パラメタリゼーションの問題点について考察した。その結果、現在のパラメタリゼーションでは、低緯度で赤道向き循環をもたらす東向き重力波が弱いこと、また、6~8月にかけて、南緯60度付近の重力波のもたらす減速が弱すぎることが明らかとなった。
成果の位置づけや類似研究との比較
類似研究では、現実を必ずしも正しく表現していない重力波パラメタリゼーションにより計算された重力波強制を用いており、定量的な議論に限界があった。本研究では理論式の利用を工夫することでこの問題を回避している。また、診断された重力波強制とパラメタリゼーションにより計算された重力波強制を比較することで、パラメタリゼーションの問題点を具体的に指摘することができた。特に、南半球冬季の南緯60度付近の重力波強制の不足は、現在の気候モデルのもつコールドバイアス(成層圏の気温が低めに出てしまう)の解決につながる有力な情報であり、気候予測の高精度化に貢献する重要な結果である。