Kaoru Sato's Laboratory
戦略的創造研究推進事業 CREST
研究領域「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」

研究課題
「大型大気レーダー国際共同観測データと高解像大気大循環モデルの融合による大気階層構造の解明」

研究期間:2016年10月~2022年3月
研究代表者:佐藤 薫(東京大学大学院理学系研究科 教授)

研究実施の概要

本チームの研究は、観測もモデル実験も困難な未知といっても過言ではない領域だった中間圏を含む全中層大気の階層構造と遠隔結合を解明するため、以下の6つの研究を行った。

  1. 全中性大気データ同化スキームJAGUAR-DASの開発
  2. 高解像JAGUARの再現実験による中層大気階層構造変動の解明
  3. 中層大気を介した南北両半球結合のメカニズム解明
  4. PANSYレーダー観測データと高解像モデルを用いた南極中層大気重力波の研究
  5. 大型レーダーによる乱流スペクトル計測理論とこれを適用した南極大気乱流の研究
  6. その他

ここで全中層大気とは、対流圏界面(緯度により高度9~17km)から高度100kmまでの成層圏・中間圏・下部熱圏を指す。全中性大気とは対流圏と全中層大気を合わせた地上~高度100kmの大気であり、大気運動によりよく混合された、O2とN2の混合比が1:4でほぼ一定の大気全体である。また階層構造とは、通常の気候モデルでは解像できない小スケールの重力波と解像できるロスビー波をからなる連続スペクトルを構成する大気波動全てと大循環を示す。

1では、情報Grに実績のあるデータ同化手法4次元アンサンブル変換カルマンフィルタと低解像全中性大気大循環モデルJAGUARを組合せた全中性大気データ同化システムJAGUAR-DASの開発を行った。実際の作業や同化パラメータの最適化は大気科学Grが中心となって行い、情報Grと議論しつつ進めた。研究期間の前半はJAGUAR-DASの開発に費やし、後半は完成したJAGUAR-DASを用いて約15年の長期大気解析データを作成した。

2では、1で作成した大気解析データを初期値として、重力波も表現できる高解像JAGUARにより現実大気に発生した成層圏突然昇温現象の再現実験を行った(情報Gr)。解析は大気科学Grが行い、成層圏突然昇温を発端として起こった北半球中層大気全体の大規模変動の解明を行った。大気科学Grにより蓄積されてきた大気力学の知見をふんだんに活用し、次々と起こる重力波とロスビー波の砕波と発生に伴う角運動量の再分配が引き起こす、平均風や気温の変動を解き明かした。また、情報Grでは南極突然昇温再現のアンサンブル実験により、影響が熱帯の対流活動に及ぶことを示して大きな反響を得た。

3では、既存の全中性大気の長期実験データの解析に基づき南北両半球結合メカニズムの新たなシナリオを提案した(大気科学Gr)。すなわち、北極成層圏突然昇温のシグナルがいかに南極上部中間圏に到達するのかという問題の解明である。先行研究では対流圏起源の重力波が駆動する赤道を超える中間圏大循環の変調によるとされてきたが、本研究により結合は赤道成層圏を介すること、南半球中層大気で発生するロスビー波や重力波の寄与が大きいことが解明された。これは、1,2を用いた研究発展の方向性を決める重要な成果ともなった。

4では、継続中のPANSYレーダー観測による対流圏・下部成層圏、中間圏の長期連続データを用いて、南極大気重力波の力学特性の解明を行った(大気科学Gr)。独自考案のグリッドを実装した南半球高緯度域高解像モデルを補助的に行い、各高度領域での重力波の季節特性を周波数スペクトルの形で明らかにして、どの高度域においても慣性周期(70°Sで約13時間)に近い長周期重力波が運動量輸送を担うという、意外で重要な結論を得た。白夜となる極域ならではの中間圏連続観測による広帯域スペクトルは、全緯度帯においても初めての成果である。これらは気候モデルの重力波パラメタリゼーションの改良指針を与える重要な知見である。

5では、計測Grが大気レーダーにより受信される乱流4次元スペクトルの厳密理論を構築した。これを大気科学Grと共同してPANSYレーダーに適用することにより、南極では初となる各高度領域の乱流強度の季節変化を明らかにできた。また、2019年南極突然昇温直後は乱流が弱まっており、重力波の鉛直伝播特性の突然昇温による変調で説明されることが分かった。

6では、大気力学理論を展開および駆使し、成層圏大循環における重力波の役割や3次元構造を明らかにした(大気科学Gr)。また、さきがけ研究者松岡大祐氏と情報Gr、大気科学Grが共同で、機械学習を用いた重力波の統計的ダウンスケーリング研究を行い、世界的に大いに注目された。

顕著な成果

優れた基礎研究としての成果

  1. 重力波も含む全中性大気の再現実験による成層圏突然昇温に伴なう大気階層構造の大規模変動解明
    概要:全中性大気をカバーする高解像モデルJAGUARを用いて、大型レーダー観測網国際共同観測で捉えた2019年1月の北極成層圏突然大昇温イベントの再現実験を行った。これは、本CRESTで開発したデータ同化システムJAGUAR-DASによる全中性大気推定値を初期値に用いることで実現できた。現実の全中性大気の重力波を含む高解像再現は世界で初めての試みである。突然昇温前後で中間圏大規模逆転層や、成層圏界面急上昇現象が見られ、いずれもロスビー波と重力波の共働作用によるものであり、中でもロスビー波は中層大気中で発生していたなど、大気階層構造としても大規模な変動であったことが分かった。
  2. 南北両半球結合の新しいメカニズムの提唱
    概要:冬半球極域成層圏の気温と夏半球極域上部中間圏の気温に正相関があることが最近の研究で発見された。そのメカニズムは、対流圏起源の重力波の上向き伝播が変化し、これにより上部中間圏の大循環の強さが変わることで冬半球から夏半球に及ぶと考えられてきた。本研究では、全大気長期再現実験データを用いて詳しい解析を行ったところ、その結合経路は、上部成層圏であること、また、中層大気中のロスビー波や重力波の発生が大きな役割を果たすことが明らかとなった。
  3. 長期大気再解析データを用いた成層圏大循環の特徴と重力波の役割の解明 概要:公開されている4種類の長期大気再解析データを用いて、成層圏・下部中間圏の物質循環に関する研究を行った。これまで定常が仮定できる夏や冬のみが調べられてきたが、本研究では大気力学理論を駆使することで、春と秋の物質循環の特徴や成因について明らかにすることができた。本研究によって、気候予測モデルに用いられる重力波パラメタリゼーションにおける問題点が顕わになり、気候予測の精度改善につながる、具体的な指針を示すことができた。

科学技術イノベーションに大きく寄与する成果

  1. 4次元アンサンブルカルマンフィルター法による全中性大気データ同化システムの開発
    概要:中間圏は観測が難しく、気候モデルも届かない未知領域である。最近、中間圏を介した南北両半球の気候結合が存在し、重力波変調によるメカニズムが提案されているが、観測的証拠はなく、かつ、定量的に検証するための長期全球推定値データは存在していない。本研究では4次元アンサンブルカルマンフィルター法を用いたデータ同化システムを開発し、15年にわたる中間圏全体も含む全大気推定値データの作成に成功した。
  2. 機械学習による大気重力波の統計的ダウンスケーリングの研究
    概要:同研究領域の「さきがけ」研究者である松岡大祐氏との共同研究として、機械学習を用いて大規模な気象場から小規模な重力波を含む空間詳細な気象場を統計的に導くダウンスケーリングの研究開発を行った。テスト領域として北海道周辺に注目し、主に大振幅の地形性重力波を含む気象場を得ることに成功した。本手法は微細な空間構造を持つ様々な極端気象現象の予報への応用が期待される。
  3. 大気レーダーのスペクトル観測理論とデブロードニングアルゴリズム
    概要:大気レーダーの受信信号と乱流特性の間に成立する厳密な観測方程式を見いだし、観測データから大気乱流による風速の分散を正確に導出する手法を構築することに成功した。また、この観測方程式を解く計算アルゴリズムを構築し、これまで困難であった非対称なビームパターンを有するPANSYレーダーなどにおいても大気乱流の強度を高精度に推定できることを数値シミュレーションで示した。

代表的な論文

  1. Koshin, D., K. Sato, K. Miyazaki, and S. Watanabe (2020), An ensemble Kalman filter data assimilation system for the whole neutral atmosphere. Geoscientific Model Development, 13, 3145–3177. doi:10.5194/gmd-13-3145-2020.
    概要:衛星観測も地上観測もスパースな中間圏を含む全中性大気のデータ同化研究は世界の中でも2~3の研究機関で行われているのみである。これらの研究機関の研究で用いられている変分法に対し、計算機資源的に有利な4次元アンサンブルカルマンフィルター法を用いたデータ同化システムJAGUAR-DASの開発を行った。中間圏を含む全中性大気の推定値作成に対し、調節可能な各同化パラメータについて最適値を求めた。
  2. Okui, H., K. Sato, D. Koshin, and S. Watanabe (2021), Formation of a mesospheric inversion layer and the subsequent elevated stratopause associated with the major stratospheric sudden warming in 2018/19. Journal of Geophysical Research-Atmosphere, in press. https://doi.org/10.1029/2021JD034681
    概要:全中性大気をカバーする高解像モデルJAGUARを用いて、大型レーダー観測網国際共同観測で捉えた2019年1月の北極成層圏突然大昇温イベントの再現実験を行った。これは、本CRESTで開発したデータ同化システムJAGUAR-DASによる全中性大気推定値を初期値に用いることで実現できた。突然昇温前後で中間圏大規模逆転層や、成層圏界面急上昇現象が見られ、いずれもロスビー波と重力波の共働作用によるものであり、中でもロスビー波は中層大気中で発生していたなど、大気階層構造としても大規模な変動であったことが分かった。
  3. Yasui., R., K. Sato and Y. Miyoshi (2021), Roles of Rossby waves, Rossby-gravity waves, and gravity waves generated in the middle atmosphere for interhemispheric coupling. Journal of the Atmospheric Sciences, in press.
    概要:下部成層圏のみ大気再解析データをナジング法により同化させた全大気モデルの長期再現実験データを用いて、北極成層圏突然昇温と南極上部中間圏の結合過程を詳しく解析した。この南北両半球結合は、先行研究で考えられていたような上部中間圏ではなく、上部成層圏を介することが明らかとなった。中でも、南半球低緯度でのロスビー波の発生がより頻繁となることが重要であり、その作用により変化した東西平均場が重力波の上向き伝播を変調する事で結合が起こる事が明らかとなった。