高濃度のPM2.5に象徴されるように、アジアは世界的に見てもエアロゾル濃
度が高い領域です。したがって世界の他の領域に比べて、アジアではこの人為
的なエアロゾルが雲・降水により強く影響している可能性があります。一方に
おいて、西部北太平洋の下層雲は大きな負の放射強制力をもっており、地球の
放射収支に重要な役割を果たしています。しかしながら、西太平洋の下層雲に
着目した研究は、亜熱帯東太平洋や南大洋と比べるとずっと少ないです。私た
ちの研究室では、中緯度に属する西太平洋の下層雲の観測・数値モデル研究に
より、下層雲の普遍的な知見を得ることを目指しています。
西太平洋で初めてとなるエアロゾルと雲微物理の相互作用を調べる航空機観測
を、2009年には東シナ海・黄海、2013年には西部北太平洋で学生さん達とと
もに実施しました。これらの観測では、大気観測専用の航空機にエアロゾルや
雲を測定する世界最先端の装置を搭載し、ここぞと思う場所とタイミングで観
測を実施しました。航空機搭乗中の研究者がリアルタイムでデータや窓の外の
雲の様子を見て、その場でパイロットと相談しながら場所・高度を決定して測
定を実施します。観測エリアでは、1分単位で状況を判断しながら高度を変え
たり、雲に突入したりもします。着陸後はすぐに(1時間程度以内に)、取っ
たばかりのデータをざっと解析し、測定器の正常動作を確認するとともに、成
果を整理しその後の計画に反映させていきます。計画の立案から機上までの何
段階かのこれらの判断において、頼りとするのは研究者としての直感です。そ
のようにして予想通りの、あるいは予想もしなかった面白い現象の観測に成功
した時の充実感は大きいです。やはり自然現象は美しいと感じる瞬間です。
航空機観測の結果、冬季から春季にかけてのアジア大陸からの北西季節風は、
高濃度の人為的エアロゾルの輸送と,寒気の吹き出しによる黒潮上での大気最
下層の鉛直安定度の低下により、黒潮上の雲粒数濃度を効果的に増大させてい
ることを見出しました。このため、エアロゾル数濃度の増加に対する雲粒数濃
度の増加割合(DNc/DNa)は,SSTが高い黒潮上で高いことが分かりました。
さらに人工衛星データを使った解析の結果、このようなエアロゾルの雲微物理
影響の増大は、毎年の冬から春先に黒潮上で起きていることが確かめられまし
た。
夏季の西部北太平洋の下層雲の航空機観測からは、非降水性の雲と比べて降
水性の雲は、雲粒数濃度と雲底下のエアロゾル数濃度が系統的に少ないこと
が分かりました。これは降水によるエアロゾル除去と、低濃度エアロゾルに
よる降水の助長というフィードバックの結果と考えられます。また雲水量(
単位体積の空気塊中の雲水の総量)の高度分布も非降水性の雲が断熱的な構
造をしているのに対し、降水性の雲は不均質な構造を持つことが明らかとな
りました。このような鉛直構造をもたらす原因を明らかにするために、数値
モデル計算を使った解析などを実施しています。
近年、北極はグローバル平均の2倍の速さで温暖化している。この急速な温
暖化は北極特有のフィードバックが引き起こしていると考えらえる。温暖化
に伴い雪氷面が融けて光を吸収しやすくなると、より温暖化が進むという、
いわゆるアイス・アルベド・フィードバックが特に重要と考えられる。しか
しアイス・アルベド・フィードバックが無くても、温暖化による水蒸気や雲
の増加による温室効果の増幅により、北極は温暖化するという報告もある。
世界のグローバルモデルは北極の下層雲の再現に問題があることも報告され
ている。北極の気候変動・変化の解明のために、北極の雲の動態と変動メカ
ニズムの解明が必要とされている。
北極圏の北緯79°東経12°のニーオルソンにおいて、雲微物理量の連続観測を
開始しました。北極圏の雲微物理量の動態や、エアロゾル、放射との関係を
調べています。
連続観測の結果、夏季に雲粒数濃度が極大となる季節変化が初めて明らかにな
りました。またエアロゾルとの対応を調べた結果、雲粒数濃度がエアロゾル数
濃度とともに増加する雲凝結核コントロール・レジームと、相関しないレジー
ムとに分かれることが明らかとなりました。ライダーを使った観測から、前者
は水雲、後者は氷晶を含んだ雲であることが分かりました。
2018年4-5月には、ドイツのAWI研究所などと共同で、グリーンランドを
基地とした航空機観測を実施しました。海氷の間の海洋からは水蒸気と熱が大
気に供給され、下層雲を形成していました。これらの下層雲の微物理量やエア
ロゾルの測定をしてきました。