固有モードと対角化




12 Oct 2025

海洋観測が進化して分解能が上がったので、今までの海盆スケールの現象ばかりに偏っている教科書に加えるべき新理論がちょいちょい 出てきている。気象学で使われている表層準地衡流海洋に適用なんてのが好例。だがこの新理論は鉛直方向の境界条件の 扱いで海洋ならではのひねりが必要で、そのあたりの気持ち悪さを一掃したホームランがSmith and Vanneste (2013)。この論文に diagonalization of the energy という言い回しが出てくる。「エネルギーの対角化」とは何ぞや。

準地衡流を考えているので、線形の支配方程式は単なる渦位の保存。 \[ \frac{\partial}{\partial t} \{\nabla^2\Psi + \partial (\frac{f^2}{N^2}\partial \Psi)\} = 0 \;\;\; (1)\] ここに、\(\nabla\) は水平方向の勾配の微分で(面倒なので空間でフーリエ変換して以後は波数 \(-k^2\) だと考える。) \(\partial\) は鉛直方向 \(z\) の偏微分。これに \(\Psi\) をかけて\(z\) 方向に積分してやる。境界条件は 上端下端で海水が上下に動かない \(\partial\Psi = 0\) を用いる。そうすると \[ E(k) = \int_下^上 \mbox{d}z \frac{f^2}{N^2}|\partial\Psi|^2 + k^2 |\Psi|^2 \] がエネルギーでこれが時間変化しないことが示せる。

ここで流線関数 \(\Psi(k, z)\)\(z\) 方向を離散化して \(\boldsymbol{b} = (\Psi_0, \Psi_1, \cdots \Psi_N)^T\) と縦ベクトル \(\boldsymbol{b}\) で書く。そうすると微分演算 \(\partial\)\((\Psi_n - \Psi_{n+1}) / \delta\) みたいに近似されて 行列 \(A\) を用いて \(\frac{f}{N}\partial\Psi = A\boldsymbol{b}\) と書ける。するとエネルギーは \[ E(k) = \int_下^上 \mbox{d}z \boldsymbol{b}^T A^T A\boldsymbol{b} + k^2\boldsymbol{b}^T\boldsymbol{b} \] となる。ここで出てくる \(A^T A\) を「対角化」と言っているのだな。多分。

で、これは渦位の保存式 (1) の二項目を見て \[ \partial (\frac{f^2}{N^2}\partial D) = -\lambda^2 D \;\;\; (2)\] を満たすような関数 \(D\) を見つければ良くて、やってることは行列 \(A^T A\) の固有ベクトルを求める話になる。

で、これとはまったく別な話で鉛直モード展開というやつがある。それは線形の運動方程式(下付き添え字で偏微分) \[ u_t - f v = -p_x / \rho_0 \] \[ v_t + f u = -p_y / \rho_0 \] \[ 0 = -p_z - \rho g \] \[ u_x + v_y + w_z = 0\] \[ \rho_t - \rho_0 w N^2 / g = 0 \] を考えて、変数 \(u, v, p\) は例えば \(u(x,y,z,t) = \tilde{u}(x,y,t) F(z)\) みたいに \(F(z)\) という鉛直方向の 構造を仮定して変巣分離する。\(w, \rho\) は鉛直方向に \(G(z)\) という構造を仮定して変数分離する。 上の二式は役に立たんが下の三式からは \(F\)\(G\) が混在した式が出てくる。そこから \(G\) を消去 すると、\(F(z)\)\[ (\frac{f^2}{N^2}F_z)_z = -\mu^2 F \] を満足すると、このような変巣分離が可能になる、というやつ。ちなみに \(F = G_z\) となる。この式が上に出てきた(2) 式と同じなのがどうにも不思議。 普通、海洋物理の授業で習うのはこちらで「鉛直モードを使ってエネルギーを表す」と言ってくれればすぐわかるのに 「エネルギーの対角化」という一見まったく関係ないようなことをしていて同じことをやっているというのは 偶然の一致なのかあるいは深い理由があるのか。保存式というだけではエネルギーだけではなくて渦位も極端なことを言えば密度さえも 保存しているのに、なぜエネルギーが?不思議なのでメモしてみた。