平和と福祉




02 Jan 2025

一昨年に行われた MR23-07 航海は米国アラスカのダッチハーバ港を現地時間 10 月 6 日朝 6 時に出港した。 これは中東では同日夜で明くる 2023 年 10 月 7 日にパレスチナ・イスラエル戦争が開戦した。 出港翌日船内で衛星配信される新聞を見て開戦のニュースを知った。 ただし、乗り込み直前のホテルで見た米国のニュースもガザ情報が多かったように記憶する。

本航海は JAMSTEC の航海であった。昔から気になっていたのは JAMSTEC の設置法 に「平和と福祉の理念」という言葉が入っていることである(第四条)。

国立研究開発法人海洋研究開発機構は、 平和と福祉の理念 に基づき、海洋に関する基盤的研究開発、海洋に関する学術研究に関する協力等の業務を総合的に行うことにより、海洋科学技術の水準の向上を図るとともに、学術研究の発展に資することを目的とする。

同じような研究をしている 防災科学技術研究所の設置法 を見てみると(第四条)

国立研究開発法人防災科学技術研究所は、防災科学技術に関する基礎研究及び基盤的研究開発等の業務を総合的に行うことにより、防災科学技術の水準の向上を図ることを目的とする。

どうして JAMSTEC だけ「平和と福祉の理念」なのか。歴史を顧みれば海は長い間戦場であったし、いまでも国家間紛争の最前線である。また、海洋科学は(とくに海洋学最先端の米国のそれは)軍事面からの強い要請と資金提供があったことは事実である。で見てみるとなるほど兵器に直接関係しそうな JAXA の設置法 には「平和的利用」に関する文言があった(第四条)。

国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構は、大学との共同等による宇宙科学に関する学術研究、宇宙科学技術に関する基礎研究及び宇宙に関する基盤的研究開発並びに人工衛星等の開発、打上げ、追跡及び運用並びにこれらに関連する業務並びに宇宙空間を利用した事業の実施を目的として民間事業者等が行う先端的な研究開発に対する助成を、宇宙基本法第二条の 宇宙の平和的利用 に関する基本理念にのっとり、総合的かつ計画的に行うとともに、航空科学技術に関する基礎研究及び航空に関する基盤的研究開発並びにこれらに関連する業務を総合的に行うことにより、大学等における学術研究の発展、宇宙科学技術及び航空科学技術の水準の向上並びに宇宙の開発及び利用の促進を図ることを目的とする。

自分の知る限り兵器への応用を意識して研究している海洋学者はいないけれど、上層の海洋循環を知ればそれは潜水艦の行動を支援していることになっているのかもしれないし、海水のわずかな圧縮性を用いる兵器なんてものがありうるのかもしれない。まあ兵器があってもそれを使う人間が居なければ良い理屈で、結局科学とそれを用いる人間の世界にはまだまだおおきなギャップがあってそこがどうにも埋まらない。

科学は言葉を使って世の中を記述しようとする努力で、他方人間の世界は言葉で記述できないもやもやが政治やその延長である戦争という形で他の人間を襲う世界だから、このギャップは原理的に埋まらないものかもしれない。ただ、戦争の一つの原因は経済的な格差で世界中のひとびとが「健康で文化的な最低限度の生活」が出来ていれば戦争から遠ざかれる。その意味で海洋物理は長期の気象予報を助け船舶を用いた貿易を最適化し、海洋化学・生物学は水産や生態系の多様性維持の根本原理を提供して人々の最低限度の生活の一助となる。そもそも「文化的」で言えば海洋学に限らず学問は太古から伝わる真善美の「真」の喜び、未知のものを理解する喜びがある。

でもそれ以上のことは思いが至らない。地球の裏側では自分のまた家族の明日の命を心配する人がいる中で船舶観測を行えるめぐり合わせ。2025 年になったがガザもウクライナもシリアも停戦には至っていない。