「情報熱力学」という分野が盛んだそうで、「1 ビットの情報と\(kBT\) ln 2 の仕事は等価」なんてことまで実験的に示されているらしい。沙川研究室の解説記事が面白い。飛躍すれば、決めることは面倒である。忙しい時に「なにかやることないすか?」と手伝ってくる人より「○○やります」と手伝ってくれる人の方がありがたい所以であろう。たまに決定はコストがかかっていないと考えている人がいるようで(そちらで細部を決めるのも含めて)「○○やってください」とお願いすると「△△はどうしますか。××はどうしますか。」と戻ってきて困ることがある。
エントロピーはかくも重要な量であるがなかなかなじみがない。先日観測中にふと考えたのだが、温度計・流速計のごとく「エントロピー計」があれば分かりやすいのではないか。もうすこし考えると理想気体のエントロピーは結局温度と体積が分かれば計算できるわけで、だったら温度と体積を測る方が楽か。海水のエントロピーというかそのもとになる Gibbs 関数はFeistel (2008)だが難しすぎるので、Vallis の教科書の (1.146) 式が温度塩分圧力の多項式(と対数)でなんとかなる。(単位体積当たりの)エントロピーは (1.148) 式で \[c_{p0}\ln\frac{T}{T_0}\{1+\beta_s^*(S-S_0)\}-\alpha_0 p\{\beta_T + \beta_{T\gamma}^*\frac{p}{2}+\beta_T^*(T-T_0)\}\] だからやっぱり温度塩分圧力が分かればきまる(というかほぼ温度で決まり)。
まっすぐに流れていた黒潮が不安定をおこしてうねうねして渦がぽこぽこ生じるという状況をエントロピーみたいな量でマクロに記述できないかと考えたことがある。もちろん海洋業界でも熱力学プロパーなエントロピーは古典に語りつくされているし、気候系は最大エントロピー生成原理で説明できるという刺激的な仮説もある。海洋のエントロピー生成も定量的に計算されている(別解)。もそっと緩い話。
エントロピーは可逆/不可逆が語れるのが重要。これはアクセス可能/不可能と表現できることが上記情報と仕事の等価性を語るうえでカギとなっているらしい。アクセス可能とは観測屋に言わせれば観測可能。観測可能な空間・時間分解能 R を考える。R で見たときに同じ温度・塩分・流速をもつ海洋が「同じ」海洋と考える。これでモデルと観測の間の「距離」だって定義できる。統計力学ではエントロピーを定義するのに状態数を数えるが、「同じ」海洋のアンサンブルを想定すればいいか。などと考えたものの、熱力学のエントロピーの予言能力はミクロ(分子)とマクロの圧倒的なスケール差に由来することを考えると R ごときの壁ではほとんど役に立たんと思われる。
おおいに隣の庭が緑に見えているのかもしれないけれど、最近ご近所さんでも情報理論は地球科学に新パラダイムをもたらすかなどという議論が出ていて勇ましい。データ処理とかグレインジャー因果性とか。すぐに仕事につかえるものではないが。