中間圏重力波の起源

高度90km付近に位置する中間圏上部は、季節緯度を問わず、 風が弱いので弱風層と呼ばれています。これは、この高さの大気が 地面と同じスピードで自転していることを意味します。1980年代初めの 理論研究により、これは地面に近い対流圏で発生した重力波(浮力を 復元力とする大気の波動)が運動量を鉛直に伝播し、この高さで砕波 、減衰して風を減速させるからと考えられています。

図1:観測による1月の東西平均東西風の緯度高度断面図

以来、大型大気レーダーや、ラジオゾンデ、衛星の観測により重力波は 地球気候システムにおける主要な要素の一つとして研究がすすめられ、 重力波に関する様々な特徴がわかってきました。しかしながら、これらの 重力波研究の出発点となった中間圏重力波の起源については、現在までほ とんどわかっていませんでした。それは、中間圏が、重力波の発生源である 対流圏からはるかに離れており、重力波は発生源から様々な方向に伝播しう るため、特定が難しかったためです。現在の天気予報や気候予測に用いられ る全球気候モデルでは、重力波はモデルで表現できないほど小さいので、 パラメータとして表現されその作用を取り込んでいます。これを重力波パラメ タリゼーションと呼びます。しかし、重力波パラメタリゼーションには、重力波 起源を全球一様である、伝播は上向きのみ考えるなどの大胆な仮定が置かれてい ました。この研究の目的は、KANTOプロジェクトによる、重力波を分解できるほど に高解像度な全球モデルシミュレーションデータを用いて、中間圏上部に達する 重力波の起源を特定し、伝播特性を調べることです。

図2:MUレーダーにより観測された重力波の季節変化

滋賀県信楽町にある京都大学の大型大気レーダー(MUレーダー)により観測され た、 下部成層圏における重力波の運動量フラックスv'w'(北向き運動量の鉛直フ ラックス)、 u'w'(東向き運動量の鉛直フラックス)、運動エネルギー、運動エネ ルギーにおける東西風成分の寄与、 平均東西風です(Sato, JATP, 1994)。u'w'は 冬に大きく負、夏はほぼ零かやや正となる、 1年周期の季節変化をすることがわかります。

図3:KANTOモデルによる重力波に伴う運動量フラックスu'w'の季節変化(上:下部成層圏、下:上部中間圏)


下部成層圏においては、各半球とも、冬は負、夏は正となる運動量フラックスが見 られます。これはMUレーダーの観測結果とよく一致しています。しかし、その極大 となる緯度は夏と冬で異なっており、夏は亜熱帯付近の10度に冬は35度付近に極大 となっています。MUレーダー観測において夏が零かやや正となる特徴は、MUレーダ ーが夏の亜熱帯正のピークの北端を観測していたからだということがわかります。 上部中間圏においても、各半球とも冬に負、夏に正となる季節変化を示しています 。これは、図には示しませんが、Tsuda et al (1990)によるMUレーダーの結果とよく一致しています。興味深いのは下部成 層圏(左図)と比べて、ピークの緯度が高緯度側に存在していることです。正のピ ークは45度付近、負のピークは60度付近に存在します。このピーク緯度の差は、こ れまでのパラメタリゼーションでは無視されてきた重力波の緯度方向の伝播を意味し ている可能性があります。

図4:運動量フラックスの緯度高度断面図(7月)

運動量ラックスは、砕波や減衰が起こらない場合の保存量ですので、その断面図により重力波の伝播を捉える事ができます。上図は、7月における緯度高度断面図です。重力波は全球一様に上向きに伝播しているのではなく、矢印で示すように、いくつかの伝播経路があることがわかります。つまり、夏(北半球)は亜熱帯から中緯度に向かう伝播、冬(南半球)は、中緯度から60度付近に向かう伝播、また、より高緯度から60度付近に向かう伝播の3経路が卓越しています。図に等値線であらわしているのは、東西平均東西風です。重力波は夏半球では東風ジェット、冬半球では西風ジェットに向かって伝播している様子がよくわかります。

このようなジェットに向かう伝播は、理論的には次のように考えることができます。 下の式は東西風の緯度変化が存在するときの重力波の波数ベクトルの時間変化を示すものです。

これを見ると、東風ジェットがあるときは、東向き波数ベクトルを持つ重力波は東風 ジェットの中心に向かうこと、西風ジェットがあるときは、西向き波数ベクトルを持 つ重力波は西風ジェットの中心に向かうことがわかります。
夏に見られた運動量フラックスu'w'が正の重力波は東向き波数ベクトル、 冬に見られた負は西向き波数ベクトルをもちますので、それぞれ中間圏の 東風ジェット、西風ジェットにフォーカスすることがこれで理解できます。 このような重力波のジェット中心への集中は、ジェットを効率的に減速させ ていて、中間圏弱風層の形成に寄与していると考えられます。
図5:レイトレーシング法による重力波伝播経路の計算

この図は、水平波長500km、位相速度ゼロm/sの重力波をソースレベルにおいたと きに、その伝播経路がどうなるか、理論的に計算した結果を示します。左に述べたように 、夏半球(右)、冬半球(左)とも、ジェットに重力波が向かっている様子が見て取れま す。これは、運動量フラックスの特徴をよく示しています。

図6:下部成層圏における運動量フラックスのマップ

図3や図4から、重力波の発生源は、夏は亜熱帯、冬は中高緯度にあるこ とがわかりましたが、では、経度的にはどのように分布しているのでしょうか。 図6は、下部成層圏の運動量フラックスの分布図です。夏、冬とも経度方向に一 様に分布しているのではないことがわかります。
夏は、インド・アフリカモンスーン域で大きな値を持つことがわかります 。したがって、夏の亜熱帯の正のピークは、夏のモンスーンの強い対流に伴い発 生した重力波だと考えられます。夏のモンスーン域では、等値線に示すように、 下部成層圏で背景風が東風になっていることも重要です。正の運動量フラックスを 持つ重力波は、東風のなかでより上方に伝播しやすい性質があるからです。つまり 、夏のモンスーン域は、重力波が中層大気に伝播する窓領域と考えることができま す。図3では、夏の正のピークは北半球で大きく、南半球で小さいという特徴もみて とれますが、これも、北半球のほうが夏のモンスーンが強いことで説明できます。
冬の負の運動量フラックスは、南半球の南アンデスや、南極半島、東オーストラリア 、東アフリカで顕著に強くなっています。ここには高い山岳が存在するので山岳効 果によって発生した重力波と考えることができます。これらの孤立したピークに加 え、海上でも負のフラックスは帯状に伸びています。これは、亜熱帯ジェットや前 線の振る舞いと関係していると考えられます。大気の流れは、基本的に地衡風バラ ンスしていますが、非線形性により自発的に平衡からずれ、もとに戻る性質がある ことが最近の研究で分かってきました。この平衡状態に戻る過程で、重力波は発生 すると考えられています。

まとめ
中間圏へ伝播する重力波の特性を、高解像度大循環モデルによる3年分の 長期シミュレーションデータを使って解析した結果、これまでの研究ではあま り認識されていなかった、重力波の水平方向の伝播の重要性(特にジェットへの集 中)、重力波起源の水平分布などが明らかにできました。特に、夏はモンスーンが重 力波の発生や伝播に強く影響していることがわかり、冬は、山岳やジェットフロン トシステムが重要な発生源であることがわかりました。
この研究では観測が乏しい極域にも重力波の主要な発生源があり、上空に伝播している ことがわかりました。今後、現実大気で確かにみられるか、PANSYレーダーなどの観測 により確認する必要があります。また、これらの発生源から放射される重力波の位相速 度の特定など、重力波パラメタリゼーションの改良につながるような研究に発展させて いくことが重要と考えられます。