高分解能大気大循環モデルによる中高緯度対流圏界面領域の研究

概要:
ゾンデや航空機などによる各種観測データを用いた解析から、中高緯度の上部対流圏・下部成層圏(UTLS)大気の詳細な構造が調査されており、対流圏界面付近において気温と化学物質濃度は高度と共に急激に変化することが指摘され ています。

大気大循環モデル(GCM)や化学輸送モデル(CTM)は大気のプロセスを調べる上で非常に役立ちますが、対流圏界面付近の大気構造の急激な変動を表現するには依然として問題を抱えています。従来のモデルでは、特に鉛直分解能の不足に起因して、対流圏界面付近で非現実的な大気の放射・力学・輸送過程が存在する可能性があります。対流、乱流、重力波に伴うような小規模な大気運動が対流圏界面付近の気温・大気組成分布に重要な役割を果たしている可能性があり、高分解能モデルを用いることで新たな理解を得られることが期待できます。

本研究では、鉛直に高分解能なGCMを利用して、中高緯度対流圏界面付近の大気の輸送・混合過程を調査しました。このモデルの鉛直分解能は300mと非常に細かく、対流圏界面付近の微細な大気構造や重力波に伴う大気変動を調査することが可能となります。 モデル出力データを詳しく解析し、対流圏界逆転層(TIL)および対流圏界遷移領域(ExTL)の形成メカニズムに関する新たな理解が得られました。





対流圏界面直上の安定度の急激な変動はTILを形成します。ほぼ同じ高度にExTLも同時に存在しており、中高緯度の対流圏界面領域において微量成分分布および大気の熱構造が相互に影響し合っている可能性が考えられます。

高分解能モデルで再現された対流圏界面の構造は観測結果と良く一致します。観測と同様に、対流圏界面直上の2km程度の範囲で安定度およびMPVは急激に増大します。

従来の低分解能な(T42L32)GCMではTILは観測よりも高い位置に存在していましたが、高分解能(T213L256)GCMではTILの強度、位置、季節性ともに現実的に表現しています。



平均極向き循環速度は熱帯上部対流圏と中高緯度UTLSで強く、特に冬半球には強い循環が存在します。中高緯度の極向きの流れは力学的な対流圏界面にほぼ沿い1-5PVUの間に存在します。

平均下降流は冬季・高緯度の対流圏界面から20-40K上空で急激に収束します。夏半球には成層圏で強い下降流が存在しないために平均下降流は成層圏最下層で発散するといった季節変化があります



渦位の収支解析から、中高緯度対流圏界領域における支配的な大気輸送過程を調査しました。この領域では非断熱過程による生成消滅効果は十分に小さいため、渦位の収支解析から大気輸送効果を指摘できます。

冬半球の中高緯度・対流圏界面付近に存在する大きな渦位勾配の形成に対して、対流圏界面直下では平均下降流による移流効果が、その直上では南北混合効果が支配的な役割を果たします。夏半球では非断熱運動および鉛直混合の鉛直変位が支配的な役割を果たします。

大気微量成分と渦位の輸送特性は必ずしも一致しない可能性はありますが、渦位の収支解析から指摘された上記の輸送過程がExTL周辺での大気トレーサー濃度の急激な変化を引き起こしているものと考えられます。



更に、熱力学方程式を解析することで、TILとExTLを形成するメカニズムの関連性を調査しました。

主に放射過程による安定化効果と安定度プロファイルの下降移流効果によってTILの強度が季節変動することが分かりました。夏季の安定度の極大は主に放射過程に起因します。TILの下層では上空から高安定度を持つ大気が下向きに移流することで安定度は増大します。

上記の解析結果から、共通する力学過程と大気微量成分・熱構造相互作用の結果としてTILとExTLは同じ領域に存在することが分かりました。すなわち、 それらの下層部では熱と大気組成の下降移流がそれら層の形成に寄与するのに対して、上層部では渦混合により大気微量成分の大きな勾配が形成されその結果として放射過程を介して大気安定度が増大するというプロセスです。



対流圏の湿った大気は渦混合により上空へと輸送され、ExTL上部において混合が急激に弱まることでExTL内に大きな濃度勾配が形成されます。水蒸気濃度の大きな変動は放射過程を通して気温勾配を形成し、特にTILの上層部において大気を安定化する働きをします。



惑星規模波動や重力波など様々なスケールの大気波動が子午面循環を駆動する影響をダウンワードコントロール計算から調査しました。高分解能モデルを用いた解析では重力波が陽に表現されこのような解析が可能となります。重力波によるE-Pフラックスは対流圏界面付近で発散し赤道向きの平均子午面循環を駆動します。この循環は、中高緯度の対流圏界面の周辺において、惑星規模および総観規模波動によるE-Pフラックスの収束により駆動される極向き循環をいくらか弱める働きをします。重力波は更に、亜熱帯成層圏では極向き循環を、中緯度下部成層圏では下降流を引き起こします。




高分解能モデルを用いて大気の混合特性についても解析を行いました。強い断熱混合は秋から春に対流圏界面の大よそ10K上と20K下の間で観測されます。鉛直混合は対流圏界領域で夏季に強く、その混合領域の上空では年間を通して鉛直混合を妨げる薄い層が存在します。この鉛直混合障壁領域は非断熱加熱率が小さな領域に対応して存在することが分かりました。



Isentropic mixing Vertical mixing

渦位の渦輸送フラックスを各東西波数要素に分解し、異なるスケールの大気運動が断熱混合に及ぼす影響を調べました。成層圏では惑星規模波動が断熱混合に大きく貢献します。下部成層圏よりも下層では惑星規模波動に加えて総観規模波動も大きく寄与します。東西波数が21以上の小規模運動は対流圏界面の直上で混合強度全体の20%程度に貢献します。この小規模運動は中高緯度対流圏界領域のみで顕著な影響を及します。

水平混合だけではなく鉛直混合についても、対流圏界面の直上(温位330-360K付近)で小規模渦擾乱による寄与が急激に大きくなります。従って、小規模運動はTILの周辺のみで活発な3次元混合を引き起こしている可能性があります。

TIL高度において小規模擾乱が強い領域は、山脈、低気圧、前線、対流域の上空など、重力波の発生源が存在する領域とほぼ対応します。
本研究により、大規模力学に加えて重力波の伝搬・砕波と関連する小規模力学が中高緯度対流圏界面付近での子午面循環と3次元混合の両方に重要な役割を及ぼしていることが分かりました。TILおよびExTLを全球モデルで再現するにはこれら小規模力学効果を適切に取り入れることが重要であると示唆されます。

参考文献:

Miyazaki K., S. Watanabe, Y. Kawatani, Y. Tomikawa, K. Sato, and M. Takahashi, Transport and mixing in the extratropical tropopause region in a high vertical resolution GCM. Part I: Potential vorticity and heat budget analysis, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 67, No. 5, 1293-1314.

Miyazaki K., K. Sato, S. Watanabe, Y. Tomikawa, Y. Kawatani, and M. Takahashi, Transport and mixing in the extratropical tropopause region in a high vertical resolution GCM. Part II: Relative importance of large-scale and small-scale dynamics, Journal of the Atmospheric Sciences, Vol. 67, No. 5, 1315-1336.