硫酸エアロゾル(SO4)は大気中での主要なエアロゾル成分であり、その高い 吸湿特性によりエアロゾルの直接および間接放射強制力に大きな影響を与えてい ると考えられている。しかしながら、これまでのグローバルモデルでは、硫酸エ アロゾルの生成過程を簡易的にしか表現しておらず、また比較的詳細なエアロゾ ルの各種プロセスを入れた領域モデルでも、東アジアにおいて硫酸エアロゾルの 液相と気相反応による生成プロセスの時空間変動を調べた例はない。
本研究の目的は、最先端の詳細な領域化学輸送モデルWRF-CMAQを用いて、東ア ジアの硫酸エアロゾルの動態と収支を、気相・液相生成と湿性除去過程(wet deposition)に着目して明らかにすることである。雲中の液相反応により生成さ れた硫酸エアロゾルは、気相反応で生成されたものよりも、降水による湿性沈着 を受け易いと考えられる。このために本研究では、大気中での液相・気相反応に よる生成率ではなく、実際に大気中に存在する硫酸エアロゾル濃度へのそれぞれ の反応の寄与を、新たにタグ付き計算手法を開発して推定するというアプローチ を採用した。硫酸エアロゾル総量などの数値モデルの計算結果は、2001年3月に 西太平洋で実施されたNASA TRACE-P航空機観測との比較により検証した。また硫 酸エアロゾルの液相生成や除去に関わる雲水量や降水量の計算結果は、衛星観測 との比較により検証した。このような検証に基づき、移動性低気圧の通過に伴う 硫酸エアロゾル濃度の時空間変動と、その分布に対する液相・気相反応の寄与を ケーススタディーにおいて調べた。さらにこれらの移動性擾乱が複数通過する東 アジアにおいて、2001年3月の平均的な硫酸エアロゾルの空間分布と生成の内訳 を調べた。これらの解析から、硫酸エアロゾルの前駆気体SO2の発生源分布は華 北から華中で多いにも関わらず、この時期の東アジアにおいては硫酸エアロゾル は華南地域で濃度の増大が見られ、この空間分布には主に雲水の分布が影響して いることが示された。本研究の結果は、硫酸エアロゾルの動態や収支は、その前 駆気体であるSO2の排出源の空間分布と共に、雲水の存在や降水量、大気の上方 輸送などの空間分布とその季節進行が重要であることを示唆するものである。