今年の夏はどうしてこんなに暑いの?
<記者>
昨年とはうってかわって、今年の夏は異常に暑いです。単刀直入にお聞きします。なぜでしょう?
<山形>
太平洋高気圧が強いことが主因です。これにローカルなフェーン現象や都市化の影響が絡んでいますが、ここでは最も根元的な原因についてお話ししましょう。今年の夏が去年の夏と違うというのは気象予報士の皆さんには申し訳ないのですが、気象(meteorology)の話ではなく、気候(climate)の話なのです。以下に順を追って今年の気候についてご説明致しましょう。案外、目から鱗が落ちるかもしれませんよ。
通常は西太平洋のインドネシア周辺に暖かい海水がたまっており、そこで上昇した大気が東太平洋のペルーのあたりの海水温の低いところで下降し、それが貿易風として大気の低いところを通ってインドネシアの方に戻るという、大気の巨大な循環系(ウオーカー循環と言います)があります。この通常の状態がいつもより強い場合にはラニーニャ現象といいます。しかし、5年に一度くらいの頻度ですが、西太平洋の暖かい水塊が東太平洋に移動し、貿易風は弱まるか、あるいはその方向が逆転することがあります。これがエルニーニョ現象と呼ばれるものです。この場合には世界各地に異常気象が起きますから、活発な研究が行なわれているのです。
前置きが長くなってすみません。2002/3年には弱いエルニーニョ現象が起きました。2003年3月くらいに終息しまして、4月ごろからラニーニャの傾向になり、西太平洋に暖かな水塊が戻ってきました。しかし、この状態は長くは続かず、2003年7月頃から西太平洋の暖かい水塊が再び東に移動を開始し、2004年7月現在では赤道域の日付変更線よりすこし東にまで移動しています。これは<エルニーニョの前駆症状>のようなものです。2004年7月現在で東太平洋のペルー沖の水温は通常よりも低く、エルニーニョ現象は起きていません。
この中央部太平洋の暖かな水塊とそれに伴う暖かい海面水温(1度から1.5度くらい気候値よりも高い状態です)の所では積雲対流(入道雲のようなもの)が活発で、激しい上昇気流が起きています。この上昇気流に向けて、大気の下層ではインドネシア側からは西風が、東太平洋からは東風が吹いているのが現況です。このインドネシアからの西風を補給すべく、インドネシア近辺では大気が下降しています。これは通常の状態とは逆で、インドネシア周辺は乾燥度が高くなっています。下降気流の一部はインドネシアから北に向かい、ベンガル湾からインドシナ、フィリッピン周辺で上昇し、通常よりも強い対流活動をこれらの地域にもたらしています。
<記者>
フィリッピン周辺の対流活動が強いとどうして日本付近は暑くなるのでしょう?
<山形>
フィリッピン周辺海域で上昇し、積雲活動により雨をもたらした大気はさらに北上し、日本付近の東アジアで下降するのです。通常の夏でもフィリッピン周辺で上昇した大気が日本付近で下降するのですが、今年はインドネシア周辺で下降気流があるために、いつもよりも強い上昇気流がフィリピン周辺にあり、そのため日本付近の下降気流も強い状況になっているわけです。下降気流のところは大気の下層が高気圧性となり、雲ができにくいために太陽放射を受けて地表はますます高温になります。こうした現象の根源ははるかかなたの日付変更線付近にある<エルニーニョの前駆症状(エルニーニョもどき)>に求めることができるのです。
<記者>
遥かかなたの赤道の現象が関係しているとは驚きました。世界のいろんなところが繋がっていて、地球が小さく思えてきました。毎日の天気予報では日本付近の図しか見られません。これからはもっと地球規模で天気図や海の温度分布も見たいです。
<山形>
地球の小ささ、有限さを充分理解して頂けたのは素晴らしいです。
<記者>
ところで今年は初夏に日本を襲う台風が多かったのですが、これまで説明された<エルニーニョもどき>と何か関係がありますか?
<山形>
鋭い着眼です。とても関係が深いのです。
6月頃、まだ太平洋高気圧が季節的に強くならない時期から(夏をもたらす太平洋高気圧が季節的に弱まる9月、10月頃と似ているわけですね)、<エルニーニョもどき>のために、フィリッピン沖では上昇気流が活発で、台風(海洋上の積雲活動が地球の自転の関係で組織化されたもの)がよく発生しました。しかも季節的にはまだ強まらない太平洋高気圧の周辺を回ってやってきましたから、まるで秋の台風のように日本を襲ったわけです。
<記者>
日本付近が猛暑になる時には、太平洋高気圧が<鯨の尾>の形をとると聞いたことがあります。これはどういうことですか?
<山形>
よく勉強されていますね。これは気象予報に関わっていた方々が経験的に良く知っていた現象です。東大の院生だった榎本さんという方が学位論文で、最近そのメカニズムを明らかにしました。また私たちのグループが熱帯の気候変動現象との関係を明らかにしました。
ベンガル湾からインドシナ半島、フィリッピン付近で活発化した積雲活動により上昇した大気の一部は西方に向かい、地中海周辺やヨーロッパ南部で下降します。この現象は<長いロスビー波の伝播>ということで説明できるのですが、すこし難しいので、そのまま受け入れてください。地中海周辺で下降した大気はそこで猛暑をもたらします(2003年の猛暑もその一因はこのためです)。この断熱的な加熱効果を補償する形でヨーロッパの北部から冷気が移動してきますが、これが現地でマエストロとかエテジアンとよばれる夏の風です。この冷気と暖気のぶつかり合いで大気擾乱がつくられ、それが偏西風の生む導波管を通って日本付近にやってきます。これがアジアンジェットなどと呼ばれるものです。太平洋に抜けると偏西風の導波管としての役目は弱まるために、日本付近に大気擾乱は溜まり(空気塊が溜まると言ってもよいのです)、対流圏全体に及ぶような高気圧を生み出します。この高気圧が<鯨の尾>の部分になります。鯨の頭の方は大きいですが、その大きい部分が太平洋高気圧に対応します。ちなみに太平洋高気圧は対流圏の下層が高気圧、上層は低気圧で、<鯨の尾>の高気圧とは全く違った構造をしています。
今年も天気図に鯨の尾のパターンが見られます。
<記者>
ということはヨーロッパも猛暑?
<山形>
その通りです。既にギリシャなどでは猛暑による死者が出ていると聞きました。オリンピックのマラソンなどが心配ですね。
<記者>
今年の状況と似たケースは過去にありましたか?
<山形>
この質問を待っていました。1994年です。1993年の冷夏に続く、この1994年の日本の酷暑は有名です。
この1994年にも中央部太平洋に<エルニーニョもどき>があって、太平洋の状況は今年とほとんど同じと言ってよいと思います。加えてインド洋にダイポールモード現象が起きました。この現象はインド洋のエルニーニョのようなものです。インド洋の東部の水温が低く、西部の水温が高くなるためにインド洋上で東風が強くなります。この風が海のプロセスを経てますますインド洋の東部の水温を下げ、西部に暖かい水塊を運びますから、どんどん現象が成長します。この現象が起きるとインドネシア周辺では下降気流がますます強くなります。
<記者>
中央部太平洋の海水温の高い状態は今後も続くと予想されますか?
<山形>
はい。この状態は長期にわたって続きます。場合によってはこの冬か来年の冬にエルニーニョに発達するでしょう。大きなエルニーニョが来る可能性があります。インド洋では現在スマトラから西インド洋の方向に東風が吹き始めていまして、これが持続するとインド洋のダイポールモード現象が起きる可能性があります。こうなると状況は1994年の夏と全く同じになり、酷暑が続くことになります。ただ現在のような状況が続くと日本近海の水温が高くなり、8月の中頃には日本の南方海上で台風が発生しやすくなると思います。おそらくそれが雨と涼風をもたらすのではないでしょうか?
<記者>
新潟、福井などの集中豪雨との関連をどう考えていますか?
<山形>
この7月としては異常に太平洋高気圧が強いために、梅雨前線を刺激し、また高気圧の西辺に沿って吹く風が熱帯から湿気を大量にもたらしたためです。
<記者>
最後に、地球温暖化との関係についてお考えを聞かせて頂けますか?
<山形>
地球温暖化のために猛暑なのだというのは短絡的です。それでは昨年(2003年)の冷夏は説明できませんよね。二酸化炭素などの温暖化気体の増加のせいかどうかはまだはっきりしませんが、この20年ほど地表の平均気温が上昇傾向にあることは明らかです。熱帯の海の表面温度が28度を超えると積雲ができやすくなるのですが、そうなるとエルニーニョ現象やダイポールモード現象が起きやすくなります。今回の<エルニーニョもどき>現象も熱帯海洋が温暖化傾向にあるためといえるでしょう。地球温暖化はこのように具体的な気候変動現象として現れるのです。
<記者>
今日のお話の図などはありますか?
<山形>
いろいろあります。専門的になりますが
http://www.jamstec.go.jp/frsgc/research/d1/iod/
もしくは
http://www.jamstec.go.jp/frcgc/research/d1/iod/
をご覧ください。
<記者>
長時間ありがとうございました。日々の天気の背後にあるもの、深層の流れがすこしつかめたような気がします。