この秋の異常気象はなぜ?(2004年10月)
<記者>
10月に入ってまでこれほど多くの台風が日本を直撃するのは、太平洋高気圧が未だ勢力を保っているため、といわれていますが、これはなぜでしょうか?
<山形>
まず、太平洋高気圧と一口に呼ばれるのですが、本当は三つの高気圧から構成されています。一つは文字通りの太平洋高気圧で中心はカリフォルニアの沖にあります。夏になるとこれが西南方向に伸びてきます。この高気圧は対流圏の下部で高気圧、上空は低気圧です。これは意外に知られていない事実です。
もう一つはフィリッピン周辺の広域の積雲活動により上昇した大気が日本付近で下降してくるもので、小笠原高気圧と呼ばれるものです。これも対流圏下部で高気圧、上空は低気圧になります。
最後のものは地中海のほうから大気擾乱がジェットに乗ってやって来て、日本付近にたまるもので、背の高い対流圏全域を覆う高気圧です。この最後のものはチベット高気圧とつながってしまう場合があり、それでチベット高気圧が東に張り出したように見えます。しかしチベット高気圧とは成因が根本的に異なります。チベット高気圧は4000−5000
メートル(対流圏の中間くらいの高さ)の高原が加熱されてできた高気圧です。
さて今年の秋の状況ですが、フィリッピンの東方海上の広範囲で積雲活動が活発なために、小笠原高気圧がまだ強いということだと考えています。またその積雲活動の活発さが、時に組織化されて台風を生んでいるといえます。
それではどうしてフィリッピン東方海上の積雲活動が強いのでしょうか。これは5、 6月から強い状態のままです。おそらく、さらに南のインドネシア周辺海域の水温が平年よりも低めで、大気が下降気味になっているためでしょう。ここで下降した大気が北上してフィリッピン沖で上昇し、通常の上昇をさらに強めているのだと考えられます。
それではどうしてインドネシア周辺海域の水温が低めなのでしょうか? それは通常、その周辺にある暖かい海水が赤道に沿って東のほうに移動してしまったからです。現在、日付変更線あたりからさらに東の太平洋の広い範囲に移動しています。この水塊がペルーのほうにまで到達するとエルニーニョになります。現在はその中間段階にいます。まだペルーの沖は冷たい状況ですから、<エルニーニョもどき>と言う状態です。
<記者>
今年の夏は、インド、バングラデッシュ、中国南部などで頻繁に豪雨が発生しましたが、この傾向は今も継続しているのでしょうか?
<山形>
インドから中国南部の豪雨はやはりインドネシア周辺の下降気流に原因があると考えています。その下降した大気が北上して、それらの地域で上昇し、積雲活動を活発
化したと考えられます。インド洋では夏は基本的には南から北に向かうモンスーンが 吹きます。夏にはこれと重なるために上昇気流がインド北部から、中国南部、インドシナ半島あたりに出来ますが、10月くらいに夏のモンスーンは止み、11月には北から
南に向かう冬のモンスーンが吹き始めます。この風がインドネシア周辺から北に向かう大気の流れを打ち消してしまいます。したがって、上昇気流は収まり、豪雨は起きなくなります。
<記者>
アジアにおける豪雨の多発と、日本に異常に多くの台風が上陸していることは、関連があるのでしょうか?
<山形>
おおもとの原因がインドネシア周辺海域の海水温の低下とその付近での下降気流にあると考えると、関係していると言えます。
<記者>
今年の状況は1994年ととても似ているということですが、今年もダイポール・モード現象はおきているのでしょうか?もしおきているとすれば、インド北部や中国南部の豪雨は、ダイポール・モード現象の最盛期である10月11月も起こりうると考えてもいいですか?
<山形>
インド洋のダイポールモード現象は起きていません。しかしダイポールモードが発生するとインドネシア周辺(インド洋側)の海水温が下がり、インドネシア周辺で下降気流となりますので、<エルニーニョもどき>と同じような状況が実現します。
ダイポールモード現象そのものはインド洋の熱帯域で10−11月くらいに最盛期になりますが、アジアへの影響は南から北に吹く夏のモンスーンが卓越する夏場のみになります。ダイポールモードの東側のポール(極)から北に吹き出す風を強めるためです。冬のモンスーンは逆に北から南に風が吹きますから、このダイポールモードの効果を消してしまいます。
<記者>
今後(この秋から冬にかけて)のアジアの気象はどうなると予想されますか?
<山形>
<エルニーニョもどき>がエルニーニョに成長するならば、暖冬傾向になるでしょう。それは西太平洋の広い範囲で海水温が下がり、冷却する大陸上との気圧差が弱くなって、冬の季節風が弱くなると予想されるからです。
しかし、もし北極振動現象(北極域と中緯度大気の間の気圧の振動現象)が負の状態になると、極域の寒気が中緯度に入りやすくなり、寒い冬になる可能性もあります。したがって、これからはこの北極振動についても注意してみてゆく必要があります(目下は正の状況で暖冬傾向か)。この現象は大気の固有のモード(自由振動のひとつ)と考えてよいでしょうが、その励起のメカニズム(発生原因)はまだよくわかっていません。
<記者>
中部太平洋上の「エルニーニョもどき」は今後、エルニーニョに発達するのでしょうか?もしくは、すでに発達しているのでしょうか?
<山形>
目下、成長し東にその勢力を拡張(移動)しています。1月くらいにエルニーニョ発生の宣言がなされてもおかしくはありません。ただ1994年の<もどき>現象は、1997年にエルニーニョ現象になりました。インド洋東部から西太平洋にかけて、赤道上を吹く西風の<バースト>がどの程度、この晩秋から冬にかけて頻発するかにかかっています。
<記者>
日本における多数の台風の上陸、インド・バングラデッシュ・中国などでの洪水などをうけて、先生は今年のアジアは異常気象であったと思われますか?
<山形>
今年は異常です。繰り返しますが、明らかに熱帯海洋に異常が起き、それが関係していますから。
<記者>
そもそも、<エルニーニョもどき>はなぜ起きるのでしょうか?自然の摂理なのですか?
<山形>
エルニーニョとラニーニャは自然の振り子のようなものです。ただ異常に強いものが起きたり、頻発したりという形で異常が顕れます。ただ現在同様に大気中の二酸化炭素の多かった290−360万年前には万年エルニーニョ(同時に万年ダイポールモード)という状況もあったようです。この原因を明らかにする研究は、最近の地球温暖化問題にも関係して、古気候学の興味深いテーマになりつつあります。2005年1月26日―27日にプリンストン大学のフィランダー教授(ラニーニャの名付け親)を招き東大の山上会館でこの方面の公開ワークショップを行う予定です。
<記者>
地球温暖化など、人間が地球に与えている影響は、今年の気象に影響を与えているのでしょうか?
<山形>
温暖化は大気中の水蒸気量を増やしますので、大雨が降ったり、その反対に猛烈に暑く乾燥したりすることが多くなります。その意味で影響を与えているといえます。
<記者>
今年のような夏がくると、どうしても、これからのことが気になってしまうのですが、来年、再来年など、今後、このような異常気象(今年が異常であったとすれば)は続くのでしょうか? それとも、今年の気象は今年特有のものだったのでしょうか? だとしたら、今後はどのような夏になると予想されますか?
<山形>
異常気候は気候変動を生む構成要素(エルニーニョ、ダイポール、北極振動など) の組み合わせと季節進行とのタイミングでいろいろな形態をとります。異常気候は常にあるものです。しかしその振幅は計器観測データの利用できる最近100年程度の期間では強くなっています。
ただ永正元年(1504年)に静岡県では夏から秋にかけて大雪が五度も降ったと言う古文書の記録もあるようですし(戦国時代と激しい気候変動による飢饉は密接な関係があるようで、着目しています)、もっと古く過去100万年では10万年周期の氷期、間氷期サイクルなどありましたから、人類はもっと強烈な気候変動を経験して来たと言えます。
<記者>
今、中国では大規模な干ばつ被害が深刻化しているようなのですが、これはなぜですか?これまでの気象と関係があるのでしょうか?また、この干ばつは今後も続くと考えられますか?
<山形>
これは上流域の過剰な水利用、過放牧、樹木の伐採など人為的なものが一番の原因ではないかと思います。それに気候変動が追い討ちをかけている可能性があります。温暖化問題に関心が集中していますが、水環境と人口の問題にももっと眼を向けるべきだと思います。