Kaoru Sato's Laboratory

アジアモンスーン高気圧と対流圏・成層圏結合

1.アジアモンスーンと対流圏下部・上部の構造

亜熱帯高圧帯

地球大気の循環は熱機関の一種である。すなわち、太陽放射による加熱の地域差のために、高温と低温の部分がそれぞれ維持されることにより、高温部から低温部への熱の流れとともに大気の運動が生じる。
温度差を仕事に変換する仕組みは、大気の熱膨張的な性質(シャルルの法則)および重力が作っているが、さらに成層とコリオリ力の存在のために、流れは3次元的な細かい乱流ではなく大規模な水平流となる。

まず温度勾配は南北方向に大きいため、温度風の関係により東西風が形成される。さらに水の存在のため、熱帯の対流に伴う潜熱解放が新たな熱源として対流圏の循環を駆動する。この熱源は非線形的なバランスにより熱帯の子午面循環(ハドレー循環)を形成し、低緯度域と中高緯度域とを分ける顕著な亜熱帯ジェットを維持する。(Held and Hou, 1980)
このとき、熱帯では顕著な積乱雲の発生を伴う上昇流・低気圧、亜熱帯では下降流・高気圧となる。これが亜熱帯高圧帯の基本的な説明であり、亜熱帯に乾燥・高温のサハラ砂漠等が存在する理由として広く知られている。

亜熱帯の循環の東西非一様性

しかし実際のところ亜熱帯の気圧配置は本質的に東西非一様である。すなわち地表気圧は帯状の高圧帯というより、東西方向に定常的な高気圧と低気圧が連なっているような構造をしている。両半球とも夏季にこの傾向が顕著である。
これは東西一様なモデルで予想される、夏半球で上昇流・低圧部、冬半球で下降流・高圧部が主となるという特徴(Linzen and Hou, 1988)とは矛盾する。(Rodwell and Hoskins, 1996; Miyasaka and Nakamura, 2005 イントロで言及あり)
すなわち現実の亜熱帯の高気圧は先にあげた東西一様の概念モデルでは十分に説明できず、むしろ東西非一様な力学によって形成されていると捉えるのが適切である。

亜熱帯の気候平均的な気圧配置は、地表と圏界面付近でそれぞれ下図のようになる。

図1 北半球夏季の海面較正気圧(ERA-Interim, 2011-2016 以下同様)
図2 100hPaジオポテンシャル高度

月平均/季節平均した北半球夏季亜熱帯の循環の特徴は次の通りである。

  • 海面較正気圧でみると、海上に2つの高気圧と大陸上に2つの低気圧がある。
    高気圧は太平洋・大西洋のそれぞれ東側に中心を持ち、それぞれ太平洋高気圧(小笠原高気圧)、アゾレス高気圧と呼ばれる。
  • 対流圏上層~圏界面(200hPa,100hPa)のジオポテンシャルハイトは、上にあげた対流圏下部の気圧配置とほぼ逆の気圧配置を示している。
    太平洋・大西洋東部にトラフ、ユーラシア大陸・北米大陸上に高気圧がある。特にユーラシア大陸上空の高気圧は強く、東西方向の大きさも0~30Eに達するほど大きい。それぞれ緯度方向には30N付近で極大となる。

このような循環を形成する熱的強制としては、主に(i)海陸分布を反映した地表からの顕熱フラックス、(ii)対流に伴う潜熱解放、(iii)大気中の長波放射の3種類がある。それぞれが力学・雲との間のフィードバックをもつため解釈は単純ではなく、どの要因が主であるかについては、数値計算を用いて多くの研究がなされてきた。現在のところ、対流圏下部の太平洋・大西洋高気圧には顕熱フラックス(Miyasaka and Nakamura, 2005)、対流圏上部の高気圧には対流雲による潜熱解放(Rodwell and Hoskins, 2001; Chen et al., 2001)が それぞれ主な役割を持っているとする見方が有力である。

アジアモンスーン

図1にみられるアジア・北米の低圧部には、それぞれ大陸に向かって北向きに吹き込む低気圧性の循環がある。これが(夏季)モンスーンであり、特にアジアモンスーンは全球で最大規模のものとしてよく知られている。
アジア周辺における7月の対流圏下層(850hPa)、上層(100hPa)の水平風の気候値を、降水量・OLRと共に図3と図4に示す。
対流圏下部の循環に伴い、特にベンガル湾付近に大きな風の収束があり、降水量が局所的に大きい。これが潜熱解放による大きな熱源として働き、逆に周囲の循環を駆動している。
対流圏上部・成層圏下部では、西アジア~東南アジア一帯にかけ大きな高気圧に覆われている。これが「アジアモンスーン高気圧」と呼ばれるものである。(文献によってはチベット高気圧、南アジア高気圧とよぶこともある)

図3 7月の気候平均OLR(200, 220°C)、降水量、850hPa水平風
図4 7月の気候平均 100hPa水平風、ジオポテンシャル高度

ベンガル湾付近の対流に伴う熱的強制で駆動された大規模な上昇流は、対流圏上部では定常的な風の発散をもたらす。
したがって、線形の力学の観点からは、アジアモンスーン高気圧は対流圏上層での風の発散によって強制された定常なロスビー波の応答として理解できる。
ただし、この熱的強制は著しく大きいため、実際の高気圧の構造や季節内変動の複雑な挙動を理解するには、力学の非線形性に着目する必要がある。

2.物質輸送・混合における役割

夏季アジアモンスーンの気候における重要性は古くから認識されていたが、対流圏界面付近における循環が注目されたのは最近になってからであり、観測データに基づいてその重要性を指摘したのはDunkerton(1995)が初めてであった。また、同時期のChen(1995)はsemi-Lagrangian輸送モデルを用いて、そのようなアジアモンスーン高気圧の循環、特に南北流が340K以上の等温位面上での成層圏・対流圏の物質交換に大きく寄与していることを示した。
アジアモンスーン高気圧による圏界面付近の構造の特異性は、模式的には下のように表される。

図5 東西平均 (Dethof et al., 1999)
図6 アジアモンスーン領域での平均 (Dethof et al., 1999)

上図のように、アジアモンスーン高気圧付近では、強い対流による非断熱加熱のため圏界面の高度が局所的に上昇し、等圧面や等温位面でみたときに高気圧内側で対流圏、外側で成層圏というべき状態になる。
このため、化学物質の混合比分布も高気圧内外で大きく異なるものになる。近年の衛星観測により様々な大気微量成分についてこれを裏付けるような高解像度のデータが得られるようになった。例えば、下図はAura MLS で観測された100hPa付近における一酸化炭素とオゾンの混合比分布である (Park et al., 2007)。モンスーン高気圧の内側で一酸化炭素の混合比が大きく、オゾンは逆に小さい。すなわち対流圏由来の空気が大きな割合を占めていることがわかる。

図7 2005年7、8月 CO混合比 100hPa (Park et al., 2007)
図8 オゾン混合比 (Park et al., 2007)

渦位(PV)の利用

上でみたようにアジアモンスーン高気圧の内外で化学的性質の大きく異なる空気があるため、水平流に伴う不可逆的混合が重要となる。このような物質混合を議論する上で、温位面上の渦位(PV)を用いた診断が非常に有用である。
温位、PVはともに断熱・非散逸のもとで保存量となるので、数日程度の期間ではPVはpassive tracerとしてみなすことができる。成層圏のPVの値は対流圏より著しく大きいため、PVの分布から渦の内外の不可逆的な物質混合について大きな示唆を得ることができる。
圏界面付近は対流雲や長波放射の影響で必ずしも断熱的ではないことに注意を要するが、360K-400Kのような温位面でのPVの分布は十分に保存量に近い振る舞いをしており、観測された化学種の分布とよく対応している。  

極渦との類似点・相違点

アジアモンスーン高気圧は惑星規模の孤立した渦であるという点において極渦と共通している。冬季から春季にかけ極域成層圏に発達する極渦は、特にオゾンホールの問題に関連して、物質輸送・混合の重要な研究対象として注目されてきた。極渦の研究で発展してきた手法の多くは、アジアモンスーン高気圧においても応用できる。
まず、いずれも流れの構造は順圧的に近く、等温位面上のPVのみから流れの2次元的な特徴を把握することができる。PVは渦の内外で大きな勾配を持ち、不可逆的混合が抑制されていることを示している。極渦の場合、PVの力学的性質に基づいて物質混合の診断を行う手法が発展してきたが、その手法はアジアモンスーン高気圧にも応用されている。例えば渦の強さの指標としてPVの等値線で囲まれた面積を用いる方法(Garny and Randel, 2013)や、PVに基づいた等価緯度を定義し、PVの勾配を基に渦の内外の境界を診断する方法(Ploeger et al., 2015)がある。
一方で、アジアモンスーン高気圧は極渦のような対称性を持たず、東西方向に扁平な構造をしている。また低緯度に位置するため、北側には亜熱帯ジェットがあるのに対し、南側はコリオリ力の影響の小さい熱帯に属している。したがって、極渦で有効であった東西平均(周回平均)のような操作が困難である。このように極渦の力学とは本質的に異なることを念頭において、輸送・混合の理解のための新たな手法が必要とされている。

図9 オゾン混合比・ジオポテンシャル高度アジア上空 370K (ERA-Interim)
図10 オゾン混合比 南極上空 500K

3.季節内変動

顕著な季節内変動はアジアモンスーンの特徴の一つである。対流圏の風・気圧や降水量に関する2週間や1ヶ月前後の卓越周期をもつ季節内変動はよく知られている(例えばKrishnamurti, 1973)。 圏界面付近のアジアモンスーン高気圧も、強さ・形状ともに活発な季節内変動を示す。
モンスーン高気圧の形状の変動は保存量とみなせるPVで捉えるのが最も便利である。夏季の間、高気圧に対応する低いPVの領域は下図のように活発に日々変動している。 また高気圧内に捕捉された対流圏由来の化学種混合比の分布はPVの分布の変動によく似た変動を示す。

図11 (a)PV・(b)CO混合比 380K (Ploeger et al., 2015)

この変動に伴い、ジオポテンシャル等でみた高気圧中心は東西方向に大きく移動し、2つの位置の間を遷移するような特徴を示す。例えば図12は100hPaのジオポテンシャル高度を元に計算した夏期の高気圧中心経度の頻度分布(Zhang et al, 2002)である。中心位置の変動は、東西の間をなめらかに移行するような変動というより、東側に中心がある状態(Tibetan mode)と西側の状態(Iranian mode)の二つの状態(図13; Zhang et al, 2002)のどちらかを主にとっており、両者の間を間欠的に遷移するような変動であることが示唆される。したがってアジアモンスーン高気圧の季節内変動は "bimodal" な特徴をもっているといえる。
また、約2週間の卓越周期を持っていることから、「準2週周期振動」(Quasi-biweekly ocsillation)としても知られている。
このような圏界面付近の変動と対流圏の気圧や降水量の変動との関連は最近の研究課題の一つである(Ortega et al., 2017)

図12 高気圧中心経度の頻度分布 (Zhang et al, 2002)
図13 流線関数のコンポジット 上:Tibetan mode 下:Iranian mode (Zhang et al, 2002)

季節内変動の原因

高気圧の変動の時間スケールには、外的に強制された変動、例えば対流による非断熱加熱とともに、内的な変動の特徴も関与している可能性がある。これは、モンスーン高気圧自体が低緯度側で渦位の南北勾配が負であるため、大スケールのバランス流に対して不安定であるからである。実際にモンスーン高気圧の変動を決定づけているのがいずれなのかは未解明である。
アジアモンスーン高気圧は主に熱帯~亜熱帯のモンスーンに伴う対流活動(特にベンガル湾付近)による非断熱加熱によって形成・維持されているが、その対流活動自体が活発な季節内変動を示しているため、高気圧の変動を対流の変動への応答であると捉える見方は自然である。Garny and Randel (2013)では等温位面上でのPVの等値線の囲む面積で高気圧の強さを定義し、対流の変動や、対流で励起される対流圏上層の発散の変動との相関を調べている。また、多くの研究が、活発な対流活動とその上空や西側での高気圧の強さのラグ相関を示している。
一方で、アジアモンスーン高気圧の力学的不安定に着目すれば、季節内変動が高気圧自体の内在的な性質であるとする説明も可能である。Hsu and Plumb (2000)は浅水系を、Lin et al. (2007)はメカニスティックモデルを用いて、それぞれ定常な熱的強制のもとで周期的な高気圧の変動が生じることを示している。
これらは比較的単純なモデルによる最小限の理解であるが、チベット高原の力学・熱力学的役割や、ジェットの影響なども今後の研究課題である。
こうした異なる見方を統合した定量的な理解が、実際のアジアモンスーン高気圧の挙動や将来的な年々変動や経年変動の評価のために重要である。

(執筆:雨宮新 2017年3月)


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