大気海洋科学大講座のトップ画像 (沖縄の空と海)

オゾンホール

佐藤 薫

オゾンは3個の酸素原子が結合した分子(O3)であり,地球大気には高度20km付近にオゾン濃度が高いオゾン層がある。オゾン層は太陽系の他の惑星には存在しない。オゾン層が太陽からの有害な紫外線を吸収するため,地球の多くの生命が維持されている。ところが,南極ではオゾン層が破壊され,ちょうど穴があいたような状態が起こる。これをオゾンホールとよぶ。オゾンホールは極夜明けの8月頃に発達し,9月下旬に極大を迎え、夏に消えるというサイクルを毎年くりかえす。オゾンホールは南極にあって中緯度や熱帯にない。北極にもない。なぜだろうか。

オゾン破壊のおもな原因は人為起源物質のフロンである。対流圏では安定な物質だが,いったんオゾン層の存在する成層圏に運ばれると,フロンは光化学反応によりオゾンを破壊する塩素原子に変化する。しかし,塩素原子はじきに安定な物質(リザボア)に変わるので,これだけでは大規模なオゾン破壊は起こらない。

南極では,太陽放射の届かない極夜期に極渦が現れて,極域大気を孤立させる。マイナス80度を下回る低温な成層圏では,わずかな水蒸気や硝酸が相変化して雲ができる。リザボアは雲の表面で塩素分子などに変化する。同時に生成された硝酸は雲として地上に落ちてゆくので,この変化は一方的である。こうして大量に生成された塩素分子は,極夜が明けるとただちに光分解により塩素原子を遊離し、これが触媒となって激しいオゾン破壊を引き起こすのである。夏になると極渦は崩壊し,中緯度のオゾンが流れ込んでオゾンホールは消滅する。

1987年のモントリオール議定書によりオゾン破壊物質の使用は廃止された。その甲斐あってフロンは予想通り減少し,オゾンホールも2000年以降は大きくなる気配がない。しかし,オゾンホール変動の予測はそう簡単ではない。雲量を決める気温の予測が難しいからである。

年々増加する二酸化炭素は,成層圏を寒冷化すると考えられている。また気温は下降流にも依存する。気圧は上空ほど低いので,下降流があると断熱圧縮が起きて気温が上がる。下降流は成層圏大循環の一部であり,下層から伝わる波動によって駆動される。北極は南極に比べて海陸分布が複雑で,波の振幅が大きいため,成層圏の気温が10度ほど高い。したがって北極では,オゾンホールとよべるほどの破壊は起こっていない。しかし,波動のふるまいは,非線形な流体物理に支配されるため予測が難しい。東大理学系では地球惑星科学専攻の大気海洋科学講座が関連する研究を行っている。

今年は南極観測が始まってちょうど50年となる。近々発行される世界気象機関のアセスメントレポートによれば,大気中のフロンがオゾンホール出現前のレベルに戻るのは2070年頃と予想されている。オゾンホール消滅は,第100次観測隊が南極に向かう頃となろう。