2009 年度 第17回 気象学セミナー

場所 理学部 1号館 中央棟 7階 739号室
日時 12 月 22 日 (火) 09:00〜12:00
講演者1 斎藤 森太郎
講演題目 春季東アジアにおける硫酸エアロゾルの動態と収支
概要

硫酸エアロゾル(SO4)は大気中での主要なエアロゾル成分であり、その高い 吸湿特性によりエアロゾルの直接および間接放射強制力に大きな影響を与えてい ると考えられている。しかしながら、これまでのグローバルモデルでは、硫酸エ アロゾルの生成過程を簡易的にしか表現しておらず、また比較的詳細なエアロゾ ルの各種プロセスを入れた領域モデルでも、東アジアにおいて硫酸エアロゾルの 液相と気相反応による生成プロセスの時空間変動を調べた例はない。

本研究の目的は、最先端の詳細な領域化学輸送モデルWRF-CMAQを用いて、東ア ジアの硫酸エアロゾルの動態と収支を、気相・液相生成と湿性除去過程(wet deposition)に着目して明らかにすることである。雲中の液相反応により生成さ れた硫酸エアロゾルは、気相反応で生成されたものよりも、降水による湿性沈着 を受け易いと考えられる。このために本研究では、大気中での液相・気相反応に よる生成率ではなく、実際に大気中に存在する硫酸エアロゾル濃度へのそれぞれ の反応の寄与を、新たにタグ付き計算手法を開発して推定するというアプローチ を採用した。硫酸エアロゾル総量などの数値モデルの計算結果は、2001年3月に 西太平洋で実施されたNASA TRACE-P航空機観測との比較により検証した。また硫 酸エアロゾルの液相生成や除去に関わる雲水量や降水量の計算結果は、衛星観測 との比較により検証した。このような検証に基づき、移動性低気圧の通過に伴う 硫酸エアロゾル濃度の時空間変動と、その分布に対する液相・気相反応の寄与を ケーススタディーにおいて調べた。さらにこれらの移動性擾乱が複数通過する東 アジアにおいて、2001年3月の平均的な硫酸エアロゾルの空間分布と生成の内訳 を調べた。これらの解析から、硫酸エアロゾルの前駆気体SO2の発生源分布は華 北から華中で多いにも関わらず、この時期の東アジアにおいては硫酸エアロゾル は華南地域で濃度の増大が見られ、この空間分布には主に雲水の分布が影響して いることが示された。本研究の結果は、硫酸エアロゾルの動態や収支は、その前 駆気体であるSO2の排出源の空間分布と共に、雲水の存在や降水量、大気の上方 輸送などの空間分布とその季節進行が重要であることを示唆するものである。

講演者2 小川 史明
講演題目 中緯度の海洋前線帯の緯度に対する、移動性擾乱活動や平均循環場の依存性
概要

中緯度の西岸海盆領域には、暖流と寒流が接して海面水温(SST)の南北勾配が顕 著な領域が見られ、海洋前線帯と呼ばれる。中緯度海洋前線帯に伴う大気下層の 強い傾圧性は、移動性総観規模擾乱の発達に寄与することが知られている。最 近、大気大循環モデル(AGCM)に東西一様なSST分布を与えて駆動する「水惑星」 実験の結果から、現実的な緯度における中緯度海洋前線帯の存在は、海洋前線帯 上に擾乱の通り道(ストームトラック)を固定し、その活動を活発化させ、それを 通じて中緯度の極前線ジェットを駆動しようとする働きがあることが示された。 本研究の目的は、海洋前線帯の緯度に対して、擾乱活動や平均循環場とその変動 がどのように依存するかを明らかにすることである。「水惑星」の実験設定で地 球シミュレータAGCM(AFES)を用い、感度実験として 前線帯を勾配を保ったまま 南北に10°ずらし、大気の応答を比較した。 その結果、海洋前線帯の緯度に対し、下層のストームトラックの緯度はほぼ追従 するが、上層ではその敏感性は顕著でなかった。これは、擾乱の発達が活発な傾 圧帯が、対流圏最下層では海洋前線帯上に位置するが、自由対流圏では、中緯度 のほぼ決まった緯度に存在する極前線ジェットに伴ってシアーが強い領域に位置 することと整合的である。また、擾乱活動度は、冬半球では前線帯が低緯度に存 在するほど活発な傾向が見られた。これは平均場から移動性擾乱へのエネルギー 変換の効率の良さを反映する。そして、移動性擾乱活動は、海洋前線帯の緯度に 関わらず、亜熱帯ジェット気流から西風運動量を極向きに輸送することを通じて 極前線ジェットの形成に寄与することが確認でき、さらに海上編成風帯を海洋前 線帯のやや極側に形成しようとすることが分かった。これは下層では海洋前線帯 上で極向き熱輸送が活発であることを反映する。