2006 年度 第 6 回 気象学セミナー

場所 理学部 1号館 中央棟 3階 336号室
日時 6 月 15 日 (木) 16:30〜18:00
講演者 小坂 洋介
講演題目
PJパターンの構造と力学
概要

 北半球夏季において,熱帯西太平洋(フィリピン付近)における積雲対流活動と 日本付近の500hPa高度場との間には正の相関があることが知られており(Nitta 1987),Pacific-Japan (PJ)パターンと呼ばれている.PJパターンは東アジア の夏季天候に影響を与える主要な遠隔影響パターンのひとつである (Wakabayashi and Kawamura, 2004).

 Kurihara and Tsuyuki (1987)は北半球夏季の対流圏上層における東西平均 東西風を基本場とした順圧モデルを用いて,PJパターンを積雲対流活動によって 励起されたロスビー波列ととらえた.またTsuyuki and Kurihara (1989), Lau and Peng (1992)は順圧モデルに対流圏上層の東西非一様な基本場を与え, この基本場中の順圧不安定モードが積雲対流活動に伴う非断熱加熱によって 励起されることでPJパターンが現れると論じた.これらのモデル研究では 加熱偏差のある領域の上層に低気圧性偏差を与えているが,これは熱帯大気の 通常の熱応答とは逆符号になっている.一方,Fukutomi and Yasunari (2002) はデータ解析を通じて,対流圏下層でのインド洋上のモンスーンジェットから 北太平洋亜熱帯高気圧の北縁につながる導波管の重要性を指摘しており, PJパターンの力学を理解する上で対流圏上層だけを考えるのではなく, 3次元的な見方が必要であることが示唆される.

 そこで,本研究ではデータ解析を通してPJパターンの3次元構造を明らかにし, その力学を議論する.月平均データを用いたコンポジット解析から,PJパターン に伴う渦度偏差は上層ほど北に傾いた構造を示し,従来の「熱帯では傾圧的, 中緯度では順圧的」という単純な構造ではなかった.渦度収支を解析すると, 西太平洋域ではベータ効果と平均南北風による移流効果が卓越しており, 夏季モンスーンと亜熱帯高気圧に挟まれた領域に見られる鉛直シアーを伴った 平均南北風の重要性が示唆される.またwave-activity fluxは対流圏下層のみで 極向きとなり,下層でのロスビー波的な極向きエネルギー伝播を示唆している.

 エネルギー収支を解析した結果,下層のモンスーンジェットおよび貿易風の 出口,上層のアジアジェットの出口付近での順圧エネルギー変換,中緯度の 傾圧エネルギー変換によりPJパターンは気候場のエネルギーを受け取っており, これらの寄与は非断熱加熱による擾乱の有効位置エネルギー生成と同程度で あった.またオメガ方程式を用いた診断から,PJパターンに伴う渦度・熱輸送が 対流偏差域に上昇流を作る傾向が認められる.以上のことから,PJパターンは, 西の夏季モンスーンと東の亜熱帯高気圧に挟まれて南北風が卓越する領域に おける湿潤過程を伴った力学的不安定モードである可能性が示唆される. 実際,気候平均場が同様の特徴を持つ他の領域,即ち北半球夏季の西部 北大西洋,南半球夏季の西部インド洋,南太平洋,西部南大西洋においても 対流活動偏差に伴ってPJに類似した偏差パターンが見出された.

 さらに,PJパターンに伴う下層の循環偏差は,熱帯で海面からの蒸発を 強めるとともに,水蒸気を対流活発化領域に収束させ,対流活動を維持する よう働くことがわかった.Nitta (1987)などは,月平均場だけではなく より短い時間スケールでPJパターンの発達・消滅が見られることを指摘して おり,このような日々のデータを用いた解析結果についても簡単に触れる.